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ウェブ狼 第三十七話 ~衝突~

衝突する車
By: Ding Yuin Shan

 

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前回(ウェブ狼 第三十六話 ~ 誤謬~)はコチラ

人物相関図(クリックでポップアップ)

 

街宣車を停めたパーキングに戻り、ミソジは助手席に乗り込んだ。

シートベルトを締める。

杉が何も言わずに、ハイエースのエンジンを始動させた。

 

夜の神戸。

ライトアップされた風情のある街並みを通り過ぎる。

車は、そのまま郊外へと進んだ。

 

「普通、先に確認するやろ」

ミソジは前を見たまま言った。

「この時間、高速は混んでんだ。下道で大阪に帰る」

杉がだるそうな声で言った。

「道路の話とちゃう」

「じゃあ、何だ?」

杉がステアリングを切りながら言った。

車が国道二号線を逸れた。

 

弓森栄治のことや」

「栄治がどうした?」

「とぼけんなや」

ミソジは横目で杉を見ながら続けた。

「栄治が警察に事情聴取を受けてたことや」

「そのことか」

杉が頷きながら言った。

 

「弓森由利子が殺された時間、栄治は神戸にいた」

「そうらしいな」

「先に確認しとけって話だ」

「そうだな」

「何をカッコつけてんねん。『そうだな』ちゃうわ」

「電話がつながらなかったんだ。仕方ねえだろ」

「誰に?」

「俺の情報源に、だ。それに…」

「それに?」

「栄治が犯人だと思ってたからな」

「根拠は?」

 

 

、だな」

杉が少し間を空けて言った。

「勘? なにをアホなこと言うてんねん」

「直感ってのはバカにできねえんだ。なぜなら…」

「それはまた話がちゃうやろ」

ミソジは途中で遮って続ける。

「そもそも、何で栄治やったんや」

 

「奴に借金があるからだ」

借金?」

「母親がいたら相続できる分が減るからな、大幅に」

「だから殺した? そうやとしたら短絡的過ぎるやろ、思考が」

「金は人を狂わせるからな。何があっても不思議じゃねえ」

「なぜ、あんたが借金のことを知ってる?」

「借金のことか? 栄治の母親、由利子さんから聞いた」

「そういうことか」

「もういい大人なんだから、本人に自力で返させろって言ったんだ」

「あんた、身内でもないのに、ようそんな助言ができるな」

「信頼関係があったからだ、由利子さんと。まあ、そのせいで栄治が俺を逆恨みしてるんだが」

「顔も覚えられてなかったけどな」

「一回しか会ったことねえんだ」

「あんたは所詮その程度、ってことだ」

 

「やけに噛みつくじゃねえか、ミソジ」

杉がこっちを見て言った。

「神戸くんだりまで来てんねん、こっちは」

疲れているせいか、自分でも驚くほど心がささくれ立っていた。

バッカ。おまえにも関係あることなんだぞ」

杉が大きな声で言った。

「関係あらへん」

ミソジも声を張った。

「おまえは共犯を疑われてんだ、ミソジ。疑いを晴らす必要がある」

「あんたが一人でやったんや」

「あ?」

「俺は共犯ちゃう。犯人はあんたやろ」

「おい。俺がやったと、本気で思っているのか」

「違うんか?」

「それこそ根拠がねえぞ」

「動機は金銭欲…、いや、嫉妬か」

「バカなこと言うな。俺と由利子さんは…」

杉がこっちを向く。

 

「お、おい、信号!」

ミソジは前を指差した。

交差点。

左から出てきた車が視界に入った。

 

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ブレーキ音が聞こえたのは覚えている。

次に気づいたとき、身体の前面に圧迫感があった。

「おえっ」

視界が白かった。

それがエアバッグのせいだと気づくのに、少し時間がかかった。

手探りでドアノブをつかみ、開けようと試みる。

力を込めて、二度試した。

ようやくドアが開く。

何とか外へ出ることができた。

車道から、すぐ近くの歩道に、這うようにして移動した。

全身から力が抜け、その場に座り込んだ。

 

「杉は?」

そうつぶやいたとき、額に激痛を感じた。

左手で押さえる。

血は出ていないようだが、熱をもって腫れていた。

「大丈夫ですか?」

声が聞こえた。

すぐ近くに、上品そうな物腰の五十歳くらいの女性がいた。

こちらを心配げな顔で見ている。

「俺は…。でも、連れが…」

「警察に電話は?」

「いや、まだ」

「ほんなら、私が」

女性がバッグの中からスマホを取り出して、電話をかけ始めた。

 

ミソジは自分が荒い息をしているのに気づいた。

一瞬、気が遠くなりそうになり、首を振って正気を取り戻す。

 

ハイエースの街宣車は、交差点を渡ったところで歩道に乗り上げていた。

信号機の電柱に頭から突っ込んでいる。

ミソジは座ったまま首を傾け、振り仰いだ。

信号は傾き、光を発していなかった。

「今、電話しました。すぐに来てくれるはずです」

スマホを手にした女性が言った。

「ありがとうございます。ところで…」

「はい?」

「これ、単独、ですか?」

ミソジは言った。

「と言うのは?」

「別の車と当たったとか、人を轢いたとか」

「恐らく、それはないか、と。近くにそれらしい車もありませんし」

女性が辺りを見渡す仕草をして言った。

「そうですか」

ミソジは内心に胸を撫で下ろした。

 

人が、集まって来ていた。

「運転席に、まだ…」

車の向こう側で、誰かが言った。

 

ミソジは反動をつけて立ち上がった。

足がふらつく。

しかし、どうにか車を回り込んで、運転席側に向かった。

 

三人の若い男が、杉を引きずり出したところだった。

抱え上げてハイエースの前を通り、歩道に杉を横たえる。

 

息はしている。

それが微かな胸の上下動で見て取れた。

「おい、杉。おい!」

ミソジは道路に膝をつき、杉の肩に手をかけた。

「動かさない方が…」

若い男の一人が言った。

「あ、ああ」

ミソジは頷いた。

 

と、そのときだった。

「ぶわっ」

妙な声を発しながら、杉が目を開けた。

束の間、一点を見つめたまま止まったが、すぐに動き出した。

「痛っ!」

杉が勢い良く身体を起こしながら、胸を押さえた。

「おい、大丈夫か?」

ミソジは言った。

「おう、ミソジ」

杉がこちらに気づいた。

「どうした?」

「元気か? 俺は元気だ、多分」

どあほ。あんたのせいで、えらいことになったぞ」

「事故ったんだよな」

「そうや」

「そうか」

「まず、謝れよ」

「ああ、すまんな」

「あんたが素直に謝るなんて、珍し…」

言いかけたとき、視界の端に動くものが見えた。

「危なっ」

電柱が揺れて、傾いだ。

 

 

続き【ウェブ狼 第三十八話 ~危機~】を見に行く

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