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ウェブ狼 第三十一話 ~展開~

散らかったキッチン
By: Kate Brady

ウェブ狼 目次はコチラ

前回(ウェブ狼 第三十話 ~侵入~)はコチラ

人物相関図(クリックでポップアップ)

 

「いきなり入ってこんといてくれる? 怖いねんけど」

女が言った。

「えっと、ここは…」

「あれ? クレアちゃんやないか」

背後で店長が言った。

「え? 黒ちゃん店長?」

「なにしてんのん? ここで」

店長がミソジの横に立った。

「終電逃したし、泊まってたんやけど」

「ってか、クレアちゃん。昨日、予定上がってたのに出勤せぇへんかったやないか」

「ふふっ、ごめん。クラブに行ってた」

クレアと呼ばれた女が悪びれる様子もなく言って、舌を出した。

「あんまり当日欠勤続いたら、給料下げるで」

「もぉ、そんなん言わんといて。これからは気ぃつけるしぃ」

「わかった。それはええねんけど、なんでここにいてるん? もしかして杉さんと…」

ないない。なんで好きこのんで、あんなオッサンと付き合わなあかんのよ」

クレアが顔の前で手を振った。

 

室内の暗さにようやく目が慣れてきた。

入り口を入ったところにあるこの部屋は、六畳程度の広さだった。

マンションで言うところのダイニングキッチンのようなところだ。

キッチンに小型の冷蔵庫がある以外には、応接セットがあるだけだった。

 

「ところで、クレアちゃん。なんか履いた方がええな」

店長が言った。

よく見ると、クレアは白のキャミソールと薄紫の下着という姿だった。

ミソジは思わず太ももを凝視してしまった。

「あ、ほんまや。見んといて」

そう言って、クレアが慌てる様子もなく奥の部屋に入って行った。

「店長、あの娘は?」

ミソジはクレアの後姿を目で追いながら言った。

「ウチのランキングNO.2の娘ですわ。ギャル系の容姿と天真爛漫な性格がお客さんにウケてんねんけど、遅刻・欠勤が多くて…」

「なんでここに?」

ミソジは途中で遮って言った。

「それは本人に聞くしかないんちゃいますかね。俺も知らんし」

「キッチン汚い」

後から入って来た瞳が、入り口のすぐ脇にあるキッチンスペースを見て言った。

シンクに皿やグラスが山積みにされており、その横に惣菜の空き容器がいくつか並んでいる。

 

「ほんまですな。これはヒドイ」

別の、誰かの声が聞こえた。

振り返る。

外光で表情までは読み取れなかったが、ミソジにはそれが誰なのかわかった。

 

 

「どちらさんですのん?」

店長が顔を強張らせる。

「困りますねぇ、我々の邪魔してもろたら」

雨田刑事が、いかつい顔に柔和な笑みを浮かべて言った。

 

「なんで、ここに?」

ミソジは言った。

「それは、こっちのセリフやで、御堂筋さん」

雨田の横から戸根刑事が顔を覗かせて続ける。

「ごっつぅ狭苦しいとこやなあ」

「我々はここを監視してましてね。どこからとは言えませんけど」

雨田が戸口に立ったまま言った。

「そこにあんたらがいきなり登場したから、俺らも急いで参上つかまつった、と。まあ、端的に言えばそういうことですわ」

戸根が口元だけで笑った。

「ってことは…」

言いかけて、ミソジは口をつぐんだ。

ということは、つまり警察は、杉成就を弓森由利子殺しの容疑者と見なして捜査を続けているということになる。

 

「こっちのお嬢さんは、御堂筋さんと同じ会社の新田瞳さんですな。で、おたくは『Melty Kiss』の店長さん、ですね?」

「あなた方は警察の?」

「心配せんでも風紀とちゃいます。つまり、おたくの店を挙げに来たわけではない。まあ、そう硬くならんと」

雨田が言った。

「どうりで。見たことない人らや思うてましたわ」

店長が短く息を吐いた。

 

「ところで、御堂筋さん」

「はい」

「あなたは、なぜここに来たんですか?」

雨田が自らの坊主頭を撫でながら言った。

その視線はこちらを突きさすように鋭かった。

「ここに事務所があるの知ってましたんで、遊びに」

とっさに嘘をついた。

「こんな朝の早い時間に?」

「前から約束してたんですよ」

「新田さんも一緒に?」

「箕面の喫茶店で一緒に会ったときの約束で」

ミソジの言葉に、瞳も頷いた。

「なるほど」

雨田は納得したように見えなかったが、言葉を続けた。

「ところで、御堂筋さん。その怪我は?」

「え? ああ、ちょっと転んで」

ミソジは左目の上の傷に手をやった。

ガーゼと医療用テープの感触があった。

 

ドアが開く音がして、全員の視線がそちらに向かった。

奥の部屋からクレアが出てきた。

七分丈の黒いパギンスと、丈の長い黒のカーディガンを羽織っている。

「人増えてるし。何なん? 何があったん?」

「大丈夫や、クレアちゃん。何もあらへん」

店長が言った。

 

「クレアちゃん、杉がどこへ行ったか知ってるかな?」

戸根がこれまでとは打って変わって優しい調子で言った。

「え? おじさん、誰?」

「おじさんって。俺はまだ27やねんぞ」

戸根が抗議した。

それがおかしかったのだろう。瞳が吹き出した。

しかし、戸根と目が合い、すぐに咳をして誤魔化した。

 

「ほんまに何なん? 杉さんが何かやったん?」

クレアが革張りのソファに腰かけ、長い髪の毛先を触りながら言った。

「お嬢さん。あなたがここに来たのはなぜかな?」

「え~? 終電逃したから」

「どうやって開けたんかな? 鍵は?」

「ここの鍵が何本かあんねん、待機所に。杉さんが使っていいって」

「ほんまですか」

雨田が店長を見向く。

「いや、初耳です」

「そおなん? てっきり黒ちゃん店長が許可したんか思うてた」

「いずれにせよ、杉はここにいない、と」

戸根が説明口調で言った。

 

「昨日電話したときは、車の中っぽいところにいてはったみたいやけど…」

「どこにいたって?」

戸根が大きな声を出した。

「え、何なん? もお怖いって、おじさん」

「おじさんとちゃう。何時頃? 杉はどこに?」

「夜中の二時くらい? 車を運転してたっぽいけど、どこにおるかは言うてへんかった」

クレアがスマホを触りながら答えた。

「他に話した内容は?」

「え~? 覚えてない」

「思い出そうか」

戸根が言った。

「店長、何なん、この人。怖いねんけど」

「悪い人ちゃうから、答えてあげてくれへんかな、クレアちゃん」

店長が言った。

「部屋使っていいか連絡しただけ。あ、あと『デートせぇへんか 』 って誘われた」

クレアが視線をスマホに戻して言った。

「デート?」

「うん。断ったけど」

「杉の電話番号を教えてくれ」

「これ」

クレアがスマホを操作して画面を見せる。

戸根がソファのところへ行き、番号を手帳にメモした。

トバシのケータイですかね、これ」

戸根が雨田に手帳を見せる。

「その可能性が強いやろな。あとで番号洗ってみよか」

「そうですね」

「ほな、私らはこれで」

「中、見て行かないんですか」

ミソジは言った。

「もう済んでますわ」

戸根が無表情で言い、出て行った雨田の後を追った。

 

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ミソジは瞳と一緒に、アメリカ村の端にあるカフェレストランに入った。

とにかく一休みしたかった。

さほど広くない店内には、二人組の若い女性客がいるだけだった。

ミソジはアイスコーヒーを注文し、堅い木の椅子に腰を下ろした。

「先輩、大丈夫ですか」

「ん?」

「すごい疲れた顔」

「眠たいだけやで」

「でも、まだどこかに行くんでしょう?」

「そのつもりではいるけど」

ミソジは頷いた。

 

口にピアスをした化粧の濃い女性店員が、アイスコーヒーを運んできた。

ミソジはそれを一気に半分くらい飲んだ。

喉が渇いていたせいか、それが身体中に染み渡るような感覚があった。

「あ、ありがとうございます」

瞳がアイスティーを運んできた店員に頭を下げた。

 

ミソジは目を閉じた。

視覚情報を遮るだけで、脳を少し休めることができるという話を聞いたことがあった。

仮眠というほどでもないが、そうしていた方が多少はマシだろう。

ついでに、この後どうするか考えよう。

そう思っていたものの、徐々に意識が遠のいていくのがわかった。

 

と、ジャケットの胸ポケットの辺りが震えた。

スマホが着信を告げていた。

「もしもし」

ミソジは半分寝ぼけたまま電話に出た。

『おう、ミソジ。俺や』

「は? どちら様ですか」

『なんや、冷たいな。俺や、俺。杉成就

 

 

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