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ウェブ狼 第十六話 ~勃発~

天蓋付きベッド
By: Walter Schärer

ウェブ狼 目次はコチラ

前回(ウェブ狼 第十五話 ~長い昼下がり~)はコチラ

人物相関図(クリックでポップアップ)

三度目の往訪。

大阪府箕面市、酒井邸。

酒井美里の娘、弓森里奈に面会してから2ヶ月が過ぎようとしていた。

 

この間、ミソジは会社での仕事をこなしながら、帰宅後に美里の案件に取り組んだ。

そのせいで、なかなか子育てに参加できなかった。

この案件が終われば家族サービスをしよう。

ミソジはそう考えていた。

不満一つこぼさない妻に深く感謝していたし、息子が幼いこの瞬間は二度とないからだ。

 

「ごめんなさいね、こんなところで」

美里がベッドの背もたれに身をゆだねたまま言った。

白いレースのカーテンが四方を囲う天蓋付きの大きなベッドだ。

「すぐに飲み物を用意させるわ」

カーテンの向こう側で美里が言った。

「どうぞ、お構いなく」

ミソジと瞳は、ベッド脇に用意されていた飾り彫りが美しいゴシック調の椅子に座った。

 

不意に美里が咳き込んだ。

「大丈夫ですか」

ミソジは言った。

「ただの風邪やと思うねんけど、変な時期にひいたから」

「少し肌寒くなってきましたからね」

「世間は秋の行楽シーズンやのに、私はどこへも行けずに自宅療養」

「行楽シーズンじゃなくても、いつでも行きたいところに行けるんじゃないですか」

「今年の紅葉が見られるのは、この秋だけなんよ。そうちゃう?」

「確かに、おっしゃる通りです」

ミソジは同意した。

 

「ところで、送ってもらった資料、拝見したわ。私の希望通りになってよかった。ありがとう」

「いえ、こちらこそありがとうございます。資料作成は新田が」

ミソジは座ったまま深く頭を下げた。

「瞳さんもご苦労様。ありがとう」

「いえいえ、ほとんど先ぱ…、じゃなくて御堂筋がやりましたから」

瞳が隣りで満面の笑みを浮かべていた。

いまだに受け答えに難がある。

まだ若いし、愛嬌があるから許されるが、しっかり指導をしないと将来的に本人が困るだろう。

ミソジはそう思った。

 

 

「最終的にアクセスは大幅に上回ったわね」

美里が満足げに言った。

「ええ、まあ、そうですね。とはいえ、ご覧の通り『カルチャーメイク』の方は、ここ一ヶ月ほとんど増えていません」

「あの女が何を考えてるかわからへんけど、勝ちは勝ちよ」

美里が打って変わって平板な口調で言った。

物足りなさを感じているのかもしれない。

ミソジ自身も何となく肩すかしをくらった感が否めなかった。

 

仕事自体は難しいものではなかったので、手順に従って淡々と作業を進めた。

広告費の上限がない状態で、クリックさえさせればよいという案件など誰がやっても成功する。

楽なことこの上なかったが、ミソジはその中でも最低限の費用で最大限の効果が上がるよう尽力した。

広告のABテストをし、反応率を見て差し替えを何度か行なったし、作成したホームページの詳細な分析もやった。

それら全ての結果を数値に起こして、瞳に資料を作ってもらった。

もっとも、細かい部分まで美里が読んでいることを期待してはいなかったが。

 

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「でね、今日わざわざ来てもらったのは、理由があんねん」

美里が言った。

カーテン越しなので細かい表情は窺い知れない。

「はい」

「実はね、別のお仕事もやってもらいたいと思うてんのよ」

「と、おっしゃいますと」

ある会社の売り上げを伸ばしてもらいたくて。どう?」

「そうですね、まあ、でも具体的に聞いてみないことには、お返事できません」

ミソジは、やりがいのある仕事だと直感的に思った。

脳裏に妻と息子の顔が浮かんだ。

やってみたい。
そう思った。

「で、内容は……」

言いかけた美里の言葉を遮ったのは、ノックの音だった。

ドアが開いて、人の入ってくる気配が感じられた。

「えらい遅かったわね」

美里が言った。

その言葉が向かった先には、アンディ・ジョーンズがいた。

心なしか表情が硬いように思えた。

 

「奥様、ちょっといいですか」

「どないしたの、ハリー? お茶は?」

「後でお持ちします。そんなことよりお耳に入れたいことが」

アンディがベッドを回り込み、向こう側のカーテンを開けた。

「何?」

「あの……」

それ以降の言葉は小さく低く抑えられていたので、聞こえなかった。

 

美里が「あっ」と短く声を上げた。

束の間、静寂が寝室内を覆った。

しばしその場に立っていたアンディが、再びベッドを回り込んでこちらに来た。

視線が絡む。

いつものように、こちらを見下したような笑みを浮かべることがなかった。

そして、そのまま何も言わず、部屋を出た。

ドアの閉まる音がやけに大きく聞こえた気がした。

 

「どうかしたんですか」

さしでがましいと思いながらも、ミソジは言った。

隣りで瞳が身じろぎする気配がした。

 

「あの女が死んだわ」

「え?」

弓森由利子よ」

「カルチャーメイクのオーナーの?」

「そう」

 

【第一章 完】

 

続き【ウェブ狼 第十七話 ~来訪~】を見に行く

ウェブ狼 目次はコチラ

 

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