【純文学風読み切り短編小説】 ~帰郷~ 【R-15+指定】#ぶろぐのぶ
ノゾミは母を連れて、ここへ戻って来た。
田舎の、本当に田舎の無人駅に、ノゾミは母と共に降り立った。
昼下がりの日差しが、殊更に強く感じられた。
「お母さん。この駅、少し変わりましたか」
ノゾミは母にだけ聞こえるような小声でそう言い、狭いプラットホームを見渡した。
「といっても、やっぱり小さいし、駅員さんがいないのは変わりませんね」
ノゾミは言いながら、切符を回収箱に入れ、プラットホームから道路への緩い下り道を歩いた。
「ああ、目の前にアパートができたからかしら。以前は、見渡す限り田んぼでしたものね」
そう言いながら、リュックサックを背中に背負った。
母は返事をしない。
元々、ノゾミの母は寡黙な性質であった。
それを知ってか知らずか、ノゾミはおかまいなしに話しかける。
「ほら、お母さん。ご覧になって。コンビニができていますよ。その手前には中古車屋さんかしら。のぼりが立っている」
嬉々とした様子で、ノゾミは言った。
踏切を背にして、ノゾミと母は歩き始めた。
「ああ、やっぱり田舎はいいですね、お母さん。空気がきれいだから、息をするのが楽しいわ」
ノゾミは中古車屋とコンビニエンスストアの横を、ゆったりとした歩調で通り過ぎた。
片側一車線の車道は、交通量がそれなりに多く、しかし、ノゾミが今住んでいる都会とは比べ物にならないくらいのんびりとした速度で、車が通り過ぎるのであった。
風が吹き、ノゾミのボブカットの髪の毛を揺らす。
「でも、やっぱり、まだ暑いですね、お母さん。こちらも残暑が厳しいわ」
ノゾミは紺色のワンピースのポケットから、白いハンカチを取り出し、首筋を拭った。
「お母さんは汗をかかない体質でしたね。あたしは新陳代謝がいいからか、すごい汗っかきで。お父さんに似たんでしょうね、きっと」
微笑みながら、ノゾミは続ける。
「お父さんの話をしたらお母さんは怒りますけど、あたしにとってはたった一人のお父さんなんですよ」
だらだらとした上り坂を進み、変電所の横を通り過ぎると、視界が開けた。
「懐かしい、この川。久しぶりに見た。ほら、お母さん」
空いている方の手で景色を指差しながら、ノゾミは左から右へ大きく腕を振った。
市内を、東から西へと流れる大きな川と、その川沿いの景色。
「懐かしいでしょう、お母さんも。もう二十年以上も経っているから。あ、こっちは歩道がないから渡りましょうね」
ノゾミは母と共に道路を渡り、車道の西側に移った。
こちらはブロックで仕切られた歩道があり、欄干もしっかりしたものがついていた。
ノゾミは時折、橋の下を覗き込みながら渡りきり、右へ曲がった。
西へと続くこの一本道は、土手の上にある。
川沿いには運動公園があり、一本道からはそこを見下ろすことができる。
運動公園には小さな野球場があり、その向こうにサッカーグラウンドがあった。
「この辺は変わっていませんね。あっ、でもこの道は拡張されていますね。昔はもっと狭くて車が近くて怖かったけれど」
ノゾミは土手の上を歩きながら、眼下に広がる運動公園に目をやった。
「平日のお昼過ぎだからかしら。誰もいませんね」
そう言ったとき、ノゾミの横をダンプカーが猛然と通り過ぎた。
「あ」
そう言って手を伸ばした。
ダンプカーの巻き起こした風が、ノゾミの被っていた麦わら帽子を飛ばした。
「あ」
麦わら帽子をつかんだものの、バランスを崩したノゾミは土手を転がり落ちた。
左手で、母をかばいながら。
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草いきれが、鼻孔を刺激した。
頬に当たる草の不快感で、ノゾミは我に返った。
「あ、お母さん」
ノゾミは、慌てて辺りを見渡した。
自分が倒れていたところから、二メートルほど離れたところに母が『転がって』いた。
「ああ、よかった、お母さん。バラバラにならずに」
ノゾミは木箱の入った袋を持ち上げた。
買ってきた黒い布に、黒い紐を通して持ちやすくした袋であった。
母が嫌いだった色で作ったお手製のそれ。
「さあ、お母さん。もうすぐですよ」
ノゾミは麦わら帽子を取り上げ、それを被り、ワンピースの裾についた草を払って立ち上がった。
幸い、どこも怪我はしていなかった。
「お母さんが守ってくれたんでしょうかね。いや、そんなことはありませんよね。あなたはあたしに無関心でしたから。死ぬまでずっと」
ノゾミは『母』に語りかけてから、土手の、少し傾斜が緩くなったところを登った。
土手を、先ほどまでと変わらない速度でゆっくりと歩きながら、ノゾミは母に縷々語りかけた。
「自分のわがままで、あたしを連れて家を飛び出したお母さん」
「給食費を飲み代に使ってしまったお母さん」
「あんたのせいで再婚できなかったと言って、ひどくあたしをぶったお母さん」
「授業参観に酩酊したまま来たお母さん」
「ごくたまにお小遣いをくれたお母さん」
「あたしのバイト代を男に貢いだお母さん」
「次々と男を連れ込んで、あたしにまでその相手をさせようとしたお母さん」
「あたしの彼氏にあることないこと吹き込んでくれたお母さん」
「あたしの会社にまでお金を無心に来たお母さん」
「最後に、あたしの望みを叶えてくれたお母さん」
「ようやく死んでくれたお母さん」
「さあ、着きましたよ、お母さん」
ノゾミは、川と反対の方を向いて言った。
眼下には水田と畑が見え、そして民家が散見された。
「ほら、ここならあの家が見えますわ。あなたが二度と、死んでも帰りたくないと何度も言っていた、お父さんの実家が」
リュックサックを背中から下ろしながら、ノゾミはアスファルトの道を外れた。
そこは墓地であった。
といっても、狭い敷地に二十基ほどのお墓が立てられているだけであった。
「ふふっ」
ノゾミはリュックサックから小さなスコップを取り出して、墓地の敷地から少し外れたところを掘った。
三十分と経たずして、壺を納めることのできる穴ができあがった。
ノゾミは箱から壺を取り出し、穴に放り込んだ。
そして、掘り返した土を元に戻し、固くなるまでそこをスコップで叩いた。
「こうしておけば、あなたの魂が鎮まらないでしょうか」
ノゾミはそう言いながら、立ち上がった。
「え、なぜそんなことをするかって?」
スコップをリュックサックにしまい、それを背負った。
「あたしはあなたを憎んでいるからです、心底」
ノゾミは振り返らずに言った。
「安らかにお眠りくださいね。ごきげんよう」
【了】
【本作品は、#ぶろぐのぶ 企画に則って執筆したものです】
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小説をバカにしないで下さい。
田舎らしい田舎がどういう田舎なのか、せめて駅の周りに山が見えるのか、海が見えるのか明らかにして下さい。
コンビニと中古車店では、寂れた片田舎を想像するのさえ至難の業です。
どうして空気が澄んでいるかの想像もつきません。
あと上品なキャラクターにノゾミを見せようとされてますが、現代にこのような周りくどい文語を話す少女がいるでしょうか?
まだ最後にこの子は幽霊だったと言われた方が納得がいきそうなくらい不自然でした。
母親を殺した動機はわかっても、どの様に殺したかを定かにしないのは、いくら何でも純文学さえもバカにし過ぎではないですか。
小説をバカにしないで下さい。
きっちり愛を持ってから、作品と向き合い、推敲して下さい。
お願いします。
『あまりに酷い』さん(とお呼びしてよいでしょうか?)
ご覧いただき、またご感想をいただき、ありがとうございます。
この作品は幻想小説を、純文学【風】にしたためた短編小説なのですが、ご理解いただけなかったようです。
(ちなみに、幻想小説は広義のミステリー小説です)
その点は私の力量不足であったと認めざるを得ません。
申し訳ありません。
とはいえ、【まだ最後にこの子は幽霊だったと言われた方が~】と思っていただけたのでしたら、私の試みは半ば達成できたということです。
作者自身が作品を説明するのはよろしくないことを承知で申し上げますと、ノゾミはもしかしたら幽霊だったのかもしれませんし、思念の塊だったのかもしれません。
そのあたりに関しましては、受け取り方は読者の自由です。
もちろん、『あまりに酷い』さんがおっしゃるように、描写が不十分だというご批判はあって然るべきです。
確かに、この作品では描写が少ないので、イメージしづらかったかもしれません。
(田舎であることを説明するのに『無人駅』、『狭いプラットフォーム』、『切符を回収箱に入れ』、『見渡す限り田んぼ』という描写からではご想像いただけなかったようです。すみません)
ウェブ上では流し読みする方が多いので、ウェブ小説を書くときはいつも説明を端折って書きます。
ですので、『あまりに酷い』さんのように、普段から読書をされていて、文章を大事にされている方からすると、小説を冒涜しているように見えたかもしれません。
意図があってやったことですが、怠惰と受け取られたのであれば、その点も私の力量不足ですね。
(舞台に関しては実在の場所を思い出しながら書いたので、圧倒的なリアリティに裏付けされているものですが、それを詳細に書かないのは怠惰と受け取られても仕方ありませんね)
申し訳ありません。
今後の指針の一つとさせていただきます。
一点だけ自己弁護をさせていただけるとするなら、
虚構のものを虚構のものとして提示してはいけないというルールはない、
という点でしょうか。
小説自体が虚構のものですから、そこにリアリティを持たせるために、色々と説明する必要があるとはいえ、です。
(本作品は純文学ではありませんが)純文学小説というのは、必ずしもリアリズムを追求しなければならないわけではありません。
私小説=純文学ではありません。
(日本では、なぜかそう思い込んでいる人が多いようですが)
ついでに言うと、私小説自体も必ずしも現実に起こったものであるというわけではありませんし、そうである必要もありません。
リアリティを持たせるために、事実を織り交ぜることはありましたが、それはそうする必要があるから、そうしているというだけです。
それから、『あまりに酷い』さんは、私が小説をバカにしていると思い込んでいるようですが、そんなことはありませんよ。
確かに、あなたから見ると、本作品は稚拙な表現をした、意図のわからない小説だったかもしれません。
再三、申し上げますが、その点は私の力量不足です。
力量不足、説明不足といえば、必ずしもノゾミがお母さんを殺したというわけではないということも、付け加えておきます。
ついでなので申し上げますが、私は自然死のつもりで書きました。
ここには、母の生活が破綻し、長年の不摂生から病気に苦しみ、死んでいったという背景というかサブストーリーが隠されています。
ノゾミは直接的に母を殺そうとせず、生の苦しみを味わわせた上で、それをじっくりと観察していた、というものです。
もちろん、これも説明しないとわからないことですし、それを示唆するところは、
『ようやく死んでくれたお母さん』
というセリフくらいですが。
短編小説であるがゆえ、長々と描写、説明するとよろしくないという判断で、そういったエピソードも割愛しています。
まあ、それもこちらの勝手な都合ですね。
何が言いたいかというと、『あまりに酷い』さんが考えておられる以上に、実作者は色々と考えて書いているということです。
この小説を読まれるのにお金は必要なかったと思われますが、読んだ時間を返せと言われると、どうしようもありません。
その点は、『あまりに酷い』さんの貴重なお時間を頂戴してしまい、申し訳なく思います。
大変失礼しました。
最後になりますが、『あまりに酷い』さんの小説への愛が伺えましたので、あえて申し上げさせていただきます。
ご自分の思われる小説観にとらわれ、そこから外れている作品をしっかりと読み込むことなく批判されるのはご自分のためにもよろしくありませんよ。
私の作品に関しては、批判する点が多かったようですので構いません。
しかし、今後は、是非、色々な小説の形があるのだということを念頭に置いて、寛大なお気持ちで様々な作品に触れてください。
乱文失礼いたしました。
That’s the thkniing of a creative mind