ウェブ狼 第十九話 ~密室~
その小部屋には圧迫感があった。
窓にはめられた鉄格子のせいではなかった。
空気が重いのだ。
それに気づくまで、さほどの時間はかからなかった。
「御堂筋さん。改めましてお越しいただき、恐縮です」
机を挟んで向かい合った雨田が言った。
「いえ」
ミソジは既に、ついて来たことを後悔していた。
断り続けたところで、結局こうなったことは想像に難くないとはいえ、だ。
「お時間とらすのもあれですし、早速伺います」
雨田がこちらを真っ直ぐ見て続ける。
「杉成就という男とは、どの程度親しいですか」
「それは朝、申し上げたはずですが」
「確認のために伺っています。お答えいただければ…」
雨田が言った。
部屋の隅にある机についた戸根が、微かに身じろぎした。
戸根が返事を促す言葉を発したら、無理矢理にでも退出しよう。
そう思ったミソジは束の間、返事を遅らせた。
しかし、誰も何も言わなかった。
「元々は、あるバーで知り合って…」
ミソジは口を開いた。
「日本橋の『BAR SEO』ですね?」
雨田が質問を挟む。
「ええ。ですから関係性を一言で表すと、飲み友達です」
「つまり、プライベートは知らへん。そういうことですか」
「そうです」
ミソジは頷いた。
「では、『BAR SEO』以外では会ったことがない、と?」
「はい。あ、いや…」
ミソジは口ごもった。
「あるんですね?」
雨田が片方の眉を上げて言った。
「一度だけ、はしご酒を」
「どこへ行かはったんですか」
「難波の…、確か『Stray Dogs』というバーです」
「それは杉の行きつけですか」
「多分。バーテンと親しげに会話してましたから」
「戸根」
雨田がこちらを向いたまま言った。
戸根が立ち上がり、部屋を出て行く。
「どんな内容か覚えてはります? 杉とバーテンの会話」
「挨拶に毛が生えた程度のもんです。最近どない? とか、そんな感じですね」
「覚えている限りでいいので、聞かせてもらえますか」
雨田に言われ、ミソジは会話を再現した。
「なるほど」
雨田が頷いて腕を組んだ。
「そのバー以外では? 会うてはりませんか」
「つい先日。亡くなった弓森由利子さんのカフェで」
ミソジは思い出して言った。
「カフェ『カルチャーメイク』?」
「そうです」
「約束してはった?」
「いえ、たまたまです」
ミソジはいら立ちを抑えながら言った。
雨田の質問に、示唆的なものを感じたからだ。
杉と自分がかなり親しかったのではないか。
雨田の眼差しがそう語りかけていた。
いや、もしかしたら、もっと深く疑っているのかもしれない。
「御堂筋さんは、なぜそちらへ?」
「敵情視察です」
「詳しく、お願いできますか」
「酒井さんの仕事の件で」
「ホームページのアクセスアップをどうこうっていう…」
雨田が懐から取り出した手帳を見ながら言った。
「そうです」
「それは、そもそも杉からの紹介でしたね? 杉が酒井さんから話をもらって、それを御堂筋さんに」
「ええ」
「杉は弓森さんのコンサルティングをしていたため、弓森さんと対立している酒井さんの仕事は受けなかった。そう言わはりましたよね?」
手帳から顔を上げ、雨田が続ける。
「なぜです?」
「コンサルタントとしては普通です。同じ地域にある競合店の依頼は受けにくいんですよ」
ミソジは言った。
「というのは?」
「同じことをやっても必ず違う結果が出ます。場所、資金、オーナーの取り組み方などによって。そうなると、必ずどちらかのクライアントから不満が出ます」
「ほうほう、なるほど」
雨田が何度も頷いた。
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「不思議なのは酒井さんですな。知ってて杉に頼んだようですが」
「何を、です?」
「杉がコンサルティングをしていたことを、です。弓森由利子さんのお店の」
「はあ」
「理由を知ってはりませんか」
「知りません」
ミソジは言下に否定した。
「ほんまですか」
「それが気になる理由は何です?」
「杉と弓森由利子さんの関係は知ってはりますか」
ミソジの反問に答えず、雨田は別の質問を口にした。
「やけに親しいな、とは思いました。『カルチャーメイク』で会ったときに」
「我々は、彼らが愛人関係にあったと考えています」
雨田が淡々とした口調で言った。
「杉と弓森由利子さんが、ですか」
カルチャーメイクでの会話を思い出した。
言われてみれば、そんな雰囲気が出ていたような気がする。
「別に珍しないですよ、ようある話です。金持ちのご婦人と、若い燕ってやつですわ」
雨田が薄く笑みを浮かべて言った。
「にしても、それが、どう関係するんです? 酒井さんが杉に頼んだことに」
「酒井さんが杉に会ったのは、パーティー会場らしいんです」
雨田がそう言って、続ける。
「内輪のパーティーらしく、皆さん、パートナーと連れ立って来ていたとか」
「杉がそこに?」
「弓森由利子さんのパートナーとして。これは複数の証言を得ています」
「なるほど」
「そこで、酒井さんは杉に何らかの接触をした。なぜなら、直接会ったのはそのときだけらしいんですわ。これは酒井さんが言わはったことなんで、それを信じれば、ですが」
雨田が含みを持たせるような表現をした。
その言葉から酒井美里のところにも警察が行ったらしいことがわかった。
「腕が良いコンサルなら頼みたいと思っても無理はない。あの男が腕が良いかどうかは知りませんけど」
ミソジは言った。
「まあ、そういうことなんでしょうな。普通に考えて」
雨田の口調には物足りなさが滲んでいた。
「いずれにせよ、私の知るところでないですね。詳細は杉本人に聞いてください」
「それがでけへんから、お越しいただいてるんですよ。御堂筋さん」
雨田が殊更にゆっくりと言った。
「どういうことです?」
「杉成就は、今現在、行方知れずになってますねん」
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