ウェブ狼 第十八話 ~同行~
「今朝、警察が来た」
ミソジはコーヒーをすすってから言った。
「え? なんで先輩のところに?」
瞳が大きな目を丸くして言った。
「多分、杉からのつながりやと思う。話の内容から推測して」
会社から少し離れたところにある喫茶店。
わざわざ外から見えない席を選んだ。
二人でいるところを見られるのは避けたかった。
変な噂を立てられるのは、双方にとって好ましいものではない。
「あの杉って人が犯人なんですか」
瞳が、声を抑えて言った。
「そんな口ぶりやったけど、警察の連中が何を考えてるかわからへん」
ミソジは腕組みして、続けた。
「君のところへは行かへんと思うけど、一応報告や」
「もし、あたしのところに来たらどうしたらいいですか」
「ありのまま話したらええ。君は、杉と弓森由利子のこと、ほとんど知らんと思うけど」
「そうですね」
瞳が頷いて、続ける。
「ところで、先輩」
「ん?」
「新しい仕事って引き受けるんですよね? 酒井さんからの」
「ああ、それな。その話をしに来たんやけど」
ミソジは言って、コーヒーカップをソーサーに置いた。
「けど?」
「ちょっと考えさせてほしいねん。一ヶ月以上、休みもなく働いてたせいで、息子の顔もロクに見れへんくて」
「ああ、そうですよね。家族サービス…」
「せやから、ちょっとなぁ」
「仕方ないですよね、それは」
瞳がうなだれた。
「君には悪いと思うてんねんけど」
ミソジは腕組みを解いて言った。
「それはどっちの意味で、ですか」
「え?」
「いや、いいんです。忘れてください」
瞳が言って、立ち上がった。
「昼休憩、終わりますよ、先輩」
早めに仕事を切り上げ、退勤した。
外は暗くなりかけていた。
駅への道を早足で歩く。
「御堂筋さん」
不意に声をかけられ、足を止めた。
振り向く。
雨田がすぐ近くにいた。
そして、少し離れて戸根がいる。
約11時間ぶりの再会。
「朝のお返しさせてもらお思いまして」
雨田が微笑みながら言った。
「何の話です?」
ミソジは無意識に半歩下がった。
「コーヒー、おごってもろた件です」
「あれは、別に」
「私は結構、義理堅い方ですねん」
雨田が顎をさすりながら言った。
「何をしてくれはるんですか。悪い予感しかしませんけど」
ミソジは歩道の端に寄りながら言った。
「そない大層な話とちゃいます」
「どんな話です」
ミソジは腕時計に視線を落とした。
「何かご予定が?」
「ええ、あります」
「お時間はとらせません。ちょいとドライブしませんか、我々と」
雨田が軽い調子で言った。
「お断りです。ええ歳こいた大人の男が三人でドライブ? 気色悪いことこの上ありませんわ」
ミソジは思ったことをそのまま口にした。
「言わはる通りですわ。ほなら、こないしましょ。私らの職場見学しに来ませんか」
「なぜです?」
「府警の内部に入ったことないでしょ? ご案内できたらな、思てるんですけど」
「ありがた迷惑です。そんな体験いりませんわ」
「まあまあ、そう言わんと。刑事ドラマのようにカツ丼は出せませんけど」
「カツ丼なんて出されても困りますわ、犯人ちゃうのに」
「これは一本とられましたな」
雨田が短く刈った頭に手をやって言った。
話が途切れた。
雨田は立ち去る気配を微塵も見せなかった。
「あのねぇ、雨田さん。逮捕状は持ってはらないんですよね? せやったら任意同行ってわけですよね」
「おい、あんた。市民は警察に協力する義務があんねん。そんなこと知らんわけないやろ」
雨田の背後から戸根が言った。
痺れを切らした。そんな様子だった。
「法律にそんな規定はないはずや。逆なら知ってるで。憲法31条に書いてある。『何人たりとも法律に定めた手続きなしに、自由を奪われることはない』ってな」
ミソジは咄嗟に言った。
「えらい詳しいな。雨さん、こいつ昔、しょっ引かれたことあるんちゃいますか」
戸根が口の端を歪めて言った。
「法律の話になると困りますな」
戸根の問いかけに答えず、雨田が本当に困ったような顔をした。
「困るのは、そちらに法的根拠がないからでしょ?」
「そんな弁護士さんみたいなこと言わんと。軽い気持ちで来てくれはりませんか」
「いや、行くかどうかは私が決められるはずです」
「まあまあ、ここはひとつ私の顔に免じて。任意での同行ですし、いつでも帰らはることはできますし」
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