ウェブ狼 第十四話 ~薔薇~
『カルチャーメイク』を出ると、外は雨模様だった。
これからは雨が降るたびに気温が下がっていく。
そんな季節だ。
小走りで車に戻り、エンジンをかけてすぐに車を出した。
「何となく感じ悪いですね、あの人」
助手席で、窓の外を見ながら瞳が言った。
「杉のことか」
「お友達のことを悪く言って申し訳ないんですけど」
「友達ちゃう」
ミソジはハンドルを切りながら続けた。
「実際はそんな悪い奴ちゃうねんけどな。態度と口が悪いだけで」
「それを『感じ悪い人』っていうんですよ、先輩」
「言われてみれば、そうやな」
駐車場を出て、府道43号線を来た方向に戻った。
ワイパーの音を気にしながら、車を走らせる。
国道171号線を横断し、南下した。
少し行ったところで見えてきた、二股に分かれた道を右へ進む。
「多分、この辺…、あ、それじゃないですか?」
スマホの画面と外の景色を見比べていた瞳が、窓外を指差した。
「どれや?」
ミソジはバックミラーで後方を確認し、アクセルを緩めた。
「あれですよ。あの赤いオーニングの」
瞳が左斜め前を指し示していた。
「おーにんぐ?」
「軒先につけられたテントみたいな庇のことですよ、先輩」
「ああ、なるほど」
道沿いにその店はあった。
目視で確認し、ミソジはその前を通過した。
付近は住宅街だったので、コインパーキングまで距離があった。
車を停め、傘をさして店まで戻って来た。
「にしても、遠くからようわかったな」
「酒井さんが、真っ赤な日除けがついた店だって言ってましたから」
「言うてたな、そんなこと。うわ、ほんまに壁が青いな」
「イギリスの国旗の色ですね。『ライフペイジ』は白文字ですし」
「せやな」
半端に頷きながら、ミソジはドアを押して店内に入った。
濃厚なコーヒーの香りが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
応対に出てきた四十がらみの女性に名刺を渡し、店長と約束があることを伝えた。
通されたのは店の奥にある狭い部屋だった。
そこはどうやら事務室らしく、ノートパソコンと書類の乗った事務机が壁際に置かれ、安物の椅子がその前にあった。
ミソジと瞳はパイプ椅子に座った。
周囲を見回す。
スチール製のラックが一つと、壁に丸い時計と小さなホワイトボードが掛けられているだけだった。
見れば見るほど殺風景な部屋だった。
良く言えば、とても整理が行き届いた部屋だった。
「ここはアレですけど、思ってたより良いお店でしたね」
瞳がこちらの心の声を代弁するように言った。
「せやな、雰囲気は悪くない。昔ようあったジャズ喫茶みたいや。」
「なんですか、それ?」
「ジャズ喫茶を知らんか。ジェネレーションギャップいうやっちゃな、これが」
ミソジはうめきながら腕を組んだ。
と、背後でドアが開く音がした。
「すみません。外出してまして」
女性の声が聞こえた。
ミソジと瞳は立ち上がって振り返った。
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そこには酒井美里を三十歳ほど若返らせたという様子の女性が立っていた。
細身で、背が高くて、色白だった。
そして、長い髪を後ろで束ねていた。
「あ、えっと…」
「初めまして。酒井美里さんのご紹介で参りました。新田と申します。こちらは御堂筋です」
咄嗟に言葉が出なかったこちらを察したのか、瞳がそう言った。
「…どうも」
ミソジはそう言って、軽く頭を下げた。
「お話は母から伺っております。どうぞ、お掛けください」
「恐縮です」
ミソジはパイプ椅子に腰を下ろした。
「じきに飲み物が来ます。コーヒーでよろしいかしら?」
「はい! 何でも結構です」
ミソジは言下に答えた。
笑顔でパイプ椅子を回り込んだ女性は、壁際の事務机に買い物袋を置き、椅子に腰かけた。
「申し遅れました。初めまして。弓森里奈です。本日はわざわざおいでいただきまして、ありがとうございます」
両手を膝に添えて、里奈と名乗った女性が一礼した。
向かい合ってみると、外見こそ酒井美里に似ているが、雰囲気はまるで違うことにミソジは気づいた。
特に違うのは、目だった。
鋭い眼光の美里に比べると、里奈ははるかに優しい目をしていた。
「あの、失礼ですけど、弓森さんという名字は…」
瞳が言った。
「ええ、結婚してますので。と言っても、両親は離婚してますし、旧姓も酒井じゃなくて、父方の藤田なんですけど」
里奈が口元に手を添えて微笑んだ。
「ああ、そうなんですね。というか、先ほどあたしたち、同じ名字の方と出会ったばかりなもので」
「あら、もしかして義母にお会いになったんですか? ということは、『カルチャーメイク』に?」
「お義母さま? ということは…」
「そうです。夫は弓森の長男です」
「なるほど、そういうことですか」
ミソジは頷いた。
「なにが、なるほどなんだか」
瞳が小声で言った。
「なにか?」
里奈が訝しげにこちらを見た。
「いえ、何でもありません」
ミソジは首を横に振った。
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