ウェブ狼 第十一話 ~会議は踊る、されど芽生えず~
「今回はアクセスアップが主目的、というか、それだけでええって言われている」
ミソジは言った。
「おかしな依頼ですけど、そういう背景だったら仕方ないですね」
瞳が訳知り顔で頷く。
「とはいえ、や。それやと、仕事としておもんない」
「面白くなくても、いいんじゃないですか。先輩の目的が何なのか知りませんけど」
瞳がゆっくりとした口調で言った。
「新田。おもろい仕事とおもんない仕事、どっちを選ぶ?」
「面白い方ですよ、そりゃ」
「せやから、俺らでおもろいもんにしよう」
「でも、どうやるんです?」
「ホームページのアクセスアップで、一番早く効果が出るのは広告や。それもネット広告」
「そうですけど、予算は大丈夫なんですか?」
「天井無し。新田、オマエならどうする?」
ミソジは言った。
「リスティング広告と並行して、広告枠探しですね」
瞳が即答した。
「正解。でも、それやとおもんないし、オマエの出番がないで、新田」
「リスティング広告の設定、くらいですかね」
「それも必要ない」
「なぜです?」
「細かい設定なんかいらんねん。広告費はいくらかけてもええわけやから」
「あ、そうですね」
「そうは言うても、ただアホみたいに広告を打つだけやと何も残らん」
ミソジは無垢材が貼られた壁を見ながら続ける。
「俺らがおらんようになった後、またアクセスがなくなる。そらそうや、広告でアクセス数に下駄履かせただけやもん」
「なるほど、確かに」
「そんな仕事はしたくないし、もったいない。せっかく色んなことが試せそうなのに」
「色んなことって何ですか?」
「たとえば、テレビに取材されるとか、な。酒井美里はメディア露出、NGみたいやけど」
「先輩、テレビ局にツテがあるんですか」
瞳が目を見開いた。
「いや」
「じゃあ、ダメじゃないですか」
「ツテはなくても、やりようはある」
ミソジは言いながら壁に背中をつけ、体重を預けた。
「それ、教えてください」
「その話は本題から逸れるし、また今度な」
「え~、それこそ面白いことじゃないですか」
「次の機会までのお楽しみや」
「自分だけ知ってるなんて、ずるい」
瞳がしかめっ面をし、不満をあらわにした。
「ずるいって何やねん。子供か」
「教えてくれないなら、いいですよ。別に」
ふくれっ面をした瞳が横を向いた。
やはりこいつはまだ子供だ。
ミソジは内心にそう思い、安心した。
「まあ、とにかく、や。俺の仕事の流儀は、依頼されたこと以上の成果を残すってことやねん。小さなことでもええから、プラスアルファの成果を加える」
「それ、いいですね。いい考えですね」
瞳がこちらに向き直り、目を輝かせた。
「だから、クライアントと俺たちがWin-Winになれるように計画を設計する。そこを最終目的として、達成できる道筋を考える」
「逆算していくわけですね」
「せやな。で、今回の件に当てはめると、最終目標はアクセスアップ。そのための、広告以外の最善策は、既存顧客を取り込むこと」
「既存顧客というと、既にお店に来てる人たち、ってことですか」
「そう。ちなみに、簡単に売り上げを伸ばそうと思ったときも既存客をターゲットにするのが早道なんやで」
「どうしてです?」
「来店、購入へのハードルが低いやろ? 少なくとも一回買うてんねんから、こっちのことを知ってるわけやし」
「ああ、そうですね。知らないお店より、行き慣れたお店を選びがちですよね」
瞳が大げさに頷いて見せた。
「既存顧客は恐らく店のホームページの存在を知らん。せやから、ホームページにアクセスしたくなる仕掛けを作ろう」
「毎日、ホームページで合言葉を発表して、会計時にそれを言ってくれたら何かしらのサービスとか。その告知のためにチラシとかポスターがいりますね」
「お、乗ってきたな」
「ポイントカードと絡めるのもいいかも。なければ、作りましょう。ポイントカード」
瞳がひときわ大きな声を出した。
「そうしよう」
ミソジは頷いた。
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「面白いですね、こういうこと考えるの」
瞳の声が弾んでいる。
「せやろ。やっぱ仕事はおもろくないと」
「あたしたちは面白い上に報酬を受け取れる。クライアントさんは依頼したことが達成される。これぞWin-Winですね」
「その通り。せやいうても、これで売り上げが伸びたらえらいこっちゃけどな」
「いいことじゃないですか」
「税金対策でわざわざ作った店や言うてはったからな」
「儲かっちゃダメってことですね、つまり」
「そんときは二号店でも出してもらうか」
「拡大したら、その倍儲けたりして」
瞳がいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「それは大丈夫や。複数店舗経営となると、利益は一店舗のときの倍にはならんねん。大体、利益率が下がる」
「どうしてです?」
「これに関しては事例がいくつもあって、な。これもおいおい話していくよ」
「今、教えてくださいよ」
「いや、タイムオーバーや」
ミソジは腕時計に視線を落として言った。
ドアをノックする音が『企画室』に響いた。
時間通りだった。
「すぐに出ます」
ミソジは大声で返事した。
「どういうことです?」
瞳が怪訝そうな顔でこちらを見た。
「この部屋は時間制で、な。『会議』や『商談』は20分以内で、というのが決まりなんや」
「なんですか、それ」
「オープン当時からの決まりらしいから、しゃあない。出るで」
「ちょ、ちょっと待ってください」
瞳が慌ててノートパソコンをしまい始めた。
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