ウェブ狼 第十三話 ~邂逅~
空はどんよりと曇っていたが、雨は降っていなかった。
愛車のマークⅡを走らせること約10分。
国道171号線、通称『イナイチ』を右折し、府道43号線に入る。
「あれ? 先輩。方向違いますよ」
助手席の瞳が振り返りながら言った。
「わかってる」
「どこに行くんですか」
「敵情視察に、な」
ミソジは並木道に車を走らせながら言った。
シルバーウィーク真っ只中であるにもかかわらず、交通量も人通りもそれなりに多い。
しばらく直進したところに、その店はあった。
交差点の手前左側、敷地の半分以上を駐車場が占めている。
ランチタイムが過ぎていたせいか、車は二台しか停まっていなかった。
ミソジは車道側の駐車スペースに停め、車を降りた。
「風が強いですね」
瞳がそう言ってすぐに続ける。
「へぇ、すぐ傍に箕面市役所があるんですね」
「立地はええな」
ミソジは言って、店を振り返った。
『カルチャーメイク』
それが店の名前だった。
「喫茶店っぽくないですね」
瞳が言った。
「カルチャークラブからとった名前らしいわ、ボーイ・ジョージの」
ミソジは美里から聞いたことを思い出して言った。
「ボーイ? いや、店名じゃなくて見た目の話です」
瞳の言葉で、ミソジは改めて店の外観を見た。
茶色を基調とした建物の壁に、鮮やかなピンクで店名が書かれている。
窓にも濃い茶色が入っていて、店内が外から見えにくい造りになっていた。
「言われてみれば、そうやな」
「なんだか、テーマパークにありそうな造り物感っていうか、奇をてらって失敗したクレープ屋っていうか」
「ボーイ・ジョージをイメージしてんちゃうか?」
「そうなんですか」
「いや、知らんけど」
湾曲した把手に手をかけて、店に入った。
よくある喫茶店の内装だった。
「中は普通なんかい」
ミソジは独りごちた。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
応対に出てきたホールスタッフは、年の頃、五十は過ぎているであろう女性だった。
姿勢が良く、柔らかな物腰にどことなく品があるように感じられた。
「二人です」
指でピースサインを作ってミソジは言った。
「どうぞ、こちらへ」
窓際を指し示した女性について行く。
と、見知った顔が途中のテーブル席に座っていることに気づいた。
「おい、あんた。何してんねん、こんなとこで」
ミソジは思わず、そう言った。
「あ?」
スマホの画面から顔を上げたのは、杉成就だった。
「おお、ミソジ。どうしたんだ? こんなとこまで来て」
「俺が聞いてんねん、それを」
「あら? ジョーさん、こちら、お知り合い?」
ホールスタッフの女性が言った。
「そうです、奥様」
「ここで奥様はやめてって言うたでしょ?」
「あ、すみません」
杉が照れ笑いを浮かべる。
「おい、何をデレデレしてんねん。奥様ってどういうことやねん」
ミソジは小声で聞いた。
それには答えず、杉が女性に向けて言った。
「この男は仕事関係の知り合いです、由利子さん」
「あら、そうなん? あなたも杉さんからコンサルを?」
「いえ、そういうわけではなくて…」
ミソジは首を横に振った。
「この男は同業ですよ、由利子さん」
「へぇ。ああ、申し遅れました。私はこういうものです」
由利子と呼ばれた女性が、黒いエプロンの前ポケットから名刺を取り出した。
ミソジも個人用の名刺を渡し、交換した。
『カルチャーメイク オーナー 弓森由利子』
名刺にはそう書かれていた。
「ここのオーナーさんでしたか。これは失礼しました」
ミソジは軽く頭を下げた。
「あら、そんな偉いもんとちゃうんよ。暇なとき、たまに現れるただのおばさん」
「まあ、立ち話もあれだから座れよ、ミソジ。そっちのお嬢さんも」
「ご注文は何になさいます?」
由利子が言った。
「あ、コーヒーを」
言いながら、ミソジは杉の向かいに腰を下ろした。
「レギュラーでよろしいかしら?」
「はい」
「あたしも同じものを」
「かしこまりました」
「奥様、俺もおかわりいただけますか」
「また、奥様って言う」
「これは失礼しました、奥様」
「もう」
由利子が束の間、頬を膨らましてから笑った。
「どうぞごゆっくり」
そう言って、由利子がテーブルを離れた。
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「おい、あんたのせいで、こっちはエライ目におうてんねんぞ」
由利子の後姿を見送ってから、ミソジは言った。
「仕事してるんじゃないのか? 俺が紹介した金持ちと。酒井っていったか」
「そうや。競合はあんたと、さっきの『奥様』やけどな」
「何の話だ?」
杉がスマートフォンを胸ポケットに収めながら言った。
「とぼけんなや」
「いや、本当に知らんぞ」
「ウソやろ。こっちの店とこの店のホームページのPV勝負の件や」
ミソジは自分が受けた案件を、詳細には触れずに話した。
その途中、注文したコーヒーが運ばれてきた。
もどかしさを覚えながら、それをすすり、由利子が去ってから再び口を開いた。
「へぇ。そんなことに、ねぇ」
話を聞き終わった杉が腕組みをした。
「他人事みたいに言うな」
「まあ、実際、俺にはあまり関係ないからな」
「なんでや」
「PV勝負の話は、契約に含まれてない」
「おい、そんな張り合いないこと言うなよ」
ミソジは、こっちはそれだけを楽しみにやっている、という言葉を呑み込んだ。
「そう言われてもなあ」
杉がコーヒーを一口含んでから続ける。
「まあ、でも予算の範囲内で最大限のことはこっちもやっている。サテライトサイトの構築とか、コンテンツ拡充とか、だな」
「SEOは内部も外部もやってるってか?」
「ロングテール中心に、な。ベタな内部対策だよ」
「PVは月間でなんぼくらいなんや」
「そんなこと言えるか。守秘義務がある。そんなことより、ミソジ」
「なんや」
「こっちのお嬢さんの紹介が終わってない。どういう関係だ? 恋人?」
杉が、瞳を見ながら言った。
「そんなんじゃありません」
瞳が即答した。
「じゃあ、何? ああ、そうか。ミソジ、あんたは結婚してたな。じゃあ、愛人か」
「なんで、そうなんねん? この子は俺のビジネスパートナーや」
「へぇ。このお嬢さんが、ねぇ」
杉が無遠慮に瞳を見つめる。
「で、今から行くのか、酒井の店に。それとも行ってきた後?」
「これから、や」
「店長に会ったことは? 酒井の娘さんには?」
「いや、それもこれからや」
「そうか。だったら気をつけろよ」
杉が言って、コーヒーをすすった。
「どういうことや」
「噂で聞いただけだが、酒井親子は仲があまり良くないらしくてな。母親に頼まれて、店の経営に口を挟んでくるコンサルタントの言うことを聞くかどうか」
「相手も大人やろう。これはビジネスや」
「まあ、俺も詳しくは知らないから、本当のとこはどうかはわからん。口さがない連中があることないこと言ってるって可能性もあるし、な」
「ご忠告痛み入る」
ミソジはそう言って立ち上がった。
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