ウェブ狼 第二十三話 ~受諾~
「なぜ私が杉成就を捜さなければならないんです?」
ミソジは言った。
「それは、拒否してるってことですか? それとも質問ですか?」
隆明がわずかに首を傾けて言った。
「両方です」
ミソジは即答した。
「隆明さん。まずは説明してあげた方がええわ」
美里がミソジと隆明を等分に見ながら言った。
「そうですね」
「納得せんと、御堂筋さんも動いてくれへんと思うし、ね?」
最後の問いかけはミソジに向けられたものだった。
「理由を説明されても、って気はしますが」
「まあ、聞くだけ聞いてみて」
美里が薄く笑みを浮かべて言った。
「ひとまず座りませんか。畳が嫌なら、そこにある椅子にでも」
言いながら隆明が上着を脱いで、黒いネクタイを緩めた。
「座りましょう」
そう言ったときには、美里は既に腰を下ろしていた。
ミソジはコーヒーテーブルを挟んで美里と向かい合った。
その斜め奥に弓森隆明がいるという格好だ。
「そもそも杉成就を追ってくれと頼むのは…」
「奴が行方をくらましたからですよね。もしくは逃げたというべきか」
ミソジは隆明の言葉を遮って言った。
「よくご存知で」
「もしかして、あなたのところにも警察が?」
美里が言った。
「ええ」
「なら、話は早い。その話には続きがありましてね…」
隆明がこちらを向いたまま畳に寝転がり、肘を突いて右手で頭を支えた。
緩慢な動きだった。
「それだけのことなら、我々が奴を追うこともない。警察に任せとけば、そのうち捕まる。せやけど、ね…」
「何です?」
言葉が思わず口を突いて出た。
興味を持ったわけではない。
もったいぶった言い方に苛立っただけだと自分に言い聞かせた。
こちらの心の動きを読むように、隆明が口の端を歪めて笑った。
「杉って男はなかなかの悪党でね。あるものを母から盗んで逃げとるんですわ」
「あるもの、とは?」
「カードキーよ」
美里が横から言った。
「カードキー?」
「そう」
「部屋に入る?」
ミソジの問いかけに隆明が口を開く。
「必要な鍵のうちの一つがカードキーでね。もう一つは俺が持ってます」
隆明がキーケース内の一つの鍵を、自分の顔の前に掲げて見せた。
「この鍵とカードキーで施錠を解かんと『そこ』に入れへんわけですわ」
「そこっていうのは、どこかの部屋ですか?」
「一階の廊下を奥まで行くと、そこに地下室への扉がある。そこの鍵がこれ。階段を下ったところにある扉を開けるのに必要なのが…」
「杉成就が持っているカードキー?」
「そういうこと」
隆明が口元だけで笑って頷いた。
「元々は親父が持ってたんですが、母親の管理に代わって。親父は病気の後遺症で寝たきりで。もう二年近くになるんかな」
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「というわけやねん。御堂筋さん、引き受けてくれはる?」
美里が言った。
少しの沈黙の後、ミソジは言った。
「引き受けるかどうかは別として、二つ疑問があります。一つは、ドアはカードキーなしで開けられないかということ。つまりドアは壊せないのかということです」
美里と隆明を等分に見ながら、ミソジは続けた。
「もう一つの疑問は、なぜ杉成就が盗んだことを知っているのかってことです。他の誰かかもしれない」
ミソジは、わざと『盗んだ』という言葉を使った。
美里が肩越しに振り返って隆明を見た。
「本来、答える義務はないが、あんたは納得行かへんことには腰を上げない性格みたいやし、特別や」
隆明が片眉を上げて言った。
口調がぞんざいになっていた。
「一つ目の質問は、YES。やろうと思えばドアを壊せる。せやけど、意味がない」
「どうして、です?」
「カードキーはドアの開錠以外にも使うから」
「ドア以外?」
「部屋の中に鍵をかけて守らなあかんもんがある。それ以上は察してくれや」
鍵をかけて守る必要のあるものが、豪邸の地下室にある。
それはカードキーを使って開ける。
自ずと答えは出た。
「もう一つの答え。杉成就が持って行ったに違いないと俺は考えてる。なぜならあいつは最初から金目当てで、俺の母親に近づいたからや」
「なぜそう言い切れるんです?」
「あいつが何歳か知ってるか?」
「正確には知りませんが、三十後半やと…」
「2015年10月現在で37歳。それに対して俺の母親は61歳やった。これが金目当てでなくて何や?」
隆明が語調を強めた。
「あの男は女性と見たら見境がないみたいですし…」
「それで説明がつかへんから言うてるんですわ。あの男を調べたらすぐにわかる」
「私は杉のことを詳しく知ってるわけちゃいますからね。まあ、知りたくもないんですが」
ミソジは言った。
「あなたもそうかしら?」
美里がいたずらっぽく笑った。
「どういうことです?」
「金目当てで、あたしに近づいたのかってこと」
「俺はそんな気は…、ないと言うたら嘘になりますけど」
「正直な人やね。あなたのそういうとこ好きよ」
「でも、仕事はちゃんとやってるつもりです」
「そこに疑問を挟むつもりはないわ」
美里が言った。
「それと、もう一つ聞きたいことが」
ミソジは言った。
「何ですか?」
隆明の言葉には苛立ちがこもっていた。
「いや、あなたではなく、酒井さんに、です」
ミソジは美里に向き直った。
「何やの?」
「今更ですが、なぜこの件に酒井さんが噛んでいるんです?」
「噛んでいる? なんで参加してるかってこと?」
「そうです」
「おかしなことはないねんで。あたしは仲が悪かったとはいえ由利子の親友やったし、隆明さんはあたしの娘婿やし、それに…」
美里が言葉を途中で切った。
「構いませんよ、お義母さん」
隆明が言葉を投げかけた。
「ここの夫婦が問題を抱えてんねん。隆明さんとうちの娘が。あなたにコンサルを頼んだのもそのせい」
「ぶっちゃけて言うと、うちの会社の業績が悪いんですわ。それで妻と揉めてる」
続けて隆明が言った。
「そう。うちの娘は…、あなたも会ったからわかるやろ?」
「いえ、短い時間しか話してませんから」
「勝ち気で頑固で融通がきかなくて、大変なんよ。隆明さんの苦労がわかるわ」
それはあなたの性格でもあるという言葉をミソジは呑み込んだ。
「まあ、それでわかった思いますけど、ね。カードキーが戻ってきたら、それなりの金が手に入るんですわ」
「でも、それこそ警察に任せておけば、そのうち…」
「そう、そこで話が戻って来る」
隆明が手を叩いた。
「どういうことです?」
「それは表に出されへん金やねん」
「つまり、脱税とかそういう…」
「まあ、そんなところかな」
「なるほど…」
「せやから、カードキーを取り返してくれたら、ボーナスをはずみますわ」
「いくらです?」
ミソジは問い返した。
「500万円で、どうです?」
「捕まえられなかった場合は?」
ミソジは反問した。
「特に、何も。ただ、この件は…」
「口外無用」
「そういうことです」
隆明が言った。
「わかりました。引き受けましょう」
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