ウェブ狼 第二話 ~貴婦人と野獣~
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ミソジは大阪の北の端、箕面(みのお)にいた。
箕面の中でも豪邸が建ち並ぶこの辺りの地域は、庶民には縁のない場所だ。
杉に教えられた住所を頼りに車を走らせる。
廃車寸前のマークⅡ。
買い替える金がないわけじゃない。
気に入ってるから。
乗り続ける理由はそれだけで充分だ。
そこにあったのは大きな洋館だった。
不用心にも門が開いていた。
自分のために開けておいてくれたのかもしれないと思い、ミソジは邸内に車を乗り入れた。
まぶしいほどに白い外壁の、コロニアル風建築の屋敷だった。
箕面山沿いにあるこの辺りは冬になると寒さが厳しい。
開放的な造りの家で大丈夫なのだろうか。
そう思いながら、ミソジは車寄せギリギリに車を停めた。
エンジンを止め、降りる。
と、視線を感じた。
屋敷内へと続く短い階段の上に、白いスーツを着た男が立っていた。
上背はさほどでもないが、がっしりした体型だということが服の上からでもわかった。
「誰だ、おまえは」
男が言った。
少し外国訛りがあった。
よく見ると、浅黒い肌でヒスパニック系の顔立ちをしている。
「酒井さんとお約束がありまして…」
「そんな話は聞いていない」
男が、ミソジの言葉を遮るように言った。
「確認してもらってもいいですか」
苛立ちを抑えてミソジは言った。
「その必要はない」
「あなたがどなたか存じ上げないが、ここのご主人は女性だと聞いています」
「だから?」
「ですから、その方にお伝えいただきたい。約束通りの時間に御堂筋俊則が来た、と」
「その必要はない」
木で鼻をくくったような回答。
体の奥で怒りが吹き上がりかけた。
ミソジはそれを落ち着かせてから言った。
「ご主人に聞こえるよう、ここで叫んでもいいんですが、ね」
「ご自由に。こちらとしては警察に通報するだけだ。不法侵入の不審者が騒いでいる、とな」
男が少し首を傾けて言った。
束の間、にらみ合った。
「大丈夫なんか、あんた」
ミソジは階段の下から覗き込むように言った。
「何が、だ」
男の顔付きが険しくなった。
「ここ最近、不法入国のガイジンには厳しくなってるで」
ミソジの言葉に、男が横を向いて苦笑した。
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次の刹那、男が飛びかかって来た。
しなやかな、そして素早い動きだった。
ミソジは咄嗟に横に跳んだ。
間一髪のところで男をかわす。
男は着地と同時に横に跳び、ミソジの動きについてきた。
瞬時に体勢を整え、ミソジは掌底で男の顎を下から突いた。
だが、男の勢いは止まらなかった。
ミソジは男の体を受け止める形で、その場に倒れ込んだ。
男の、硬い体の感触、荒い息遣い。不快だった。
「アンディ!!」
声が耳朶を打った。
先ほどまで男がいた階段の上に背の高い女性が立っていた。
ヒョウ柄のマキシ丈のワンピースを着ている。
「何をしてるの?」
詰問口調だったが、落ち着いた声だった。
「奥様、いえ、こいつが…」
アンディと呼ばれた男が、ミソジに腕を絡ませたまま言った。
「あなた、御堂筋さん?」
問われ、アンディと呼ばれた男を押しのけて立ち上がる。
「御堂筋俊則と言います。杉成就さんの紹介で、今日の二時にお約束していました」
ジャケットとスラックスについた汚れを払いながら言った。
「やっぱり。二時に来客があるって言うたでしょ、ハリー」
「いえ、俺は聞いていません、奥様」
「あら、そう? ほな私が忘れてたんやわ、ごめんなさいね」
女がそう言って笑った。
朗らかな、澄んだ笑い声だった。
「はあ。いえ、大丈夫です」
ミソジは地面に落とした鞄を拾った。
ハリー・アンディだか、アンディ・ハリーだかが立ち上がろうとしてふらつき、片膝を地面に突いた。
掌底で斜め下から顎を突いた。軽い脳震盪を起こしてもおかしくはない。
「ハリー、大丈夫?」
女が心配げな声音で訊いた。
「問題ありません、奥様」
「なら良かった。ほな御堂筋さん、行きましょ」
女が微笑を浮かべて身を翻した。
早足で屋敷の中へ入って行く。
「覚えとけよ、おい」
アンディがミソジにだけ聞こえる低い声で言った。
まだ立ち上がれないらしく、地面に膝をついたままだった。
「歩行練習は入念に、な。あんよが上手ってか」
ミソジは肩越しに言って、女の後に続いた。
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