ウェブ狼 第四話 ~奴との勝負~
教えられた店名を地名と共に叩いて検索クエリを走らせ、トップに出てきた検索結果をクリックした。
「これ、ですか」
ミソジはノートPCの画面を美里に向けた。
「そう」
美里が横目でそれを確認し、煙草を取り出した。
『ライフペイジ』
それが美里の喫茶店の名前だった。
とても”簡素”で”素朴”なホームページがそこにはあった。
「ライフペイジっていう名前は、ね。人生の一ページ一ページを…、というのは後付けで、実はジミー・ペイジから来てるんよ」
「レッド・ツェッペリンの?」
「あたしの中ではヤードバーズの、よ」
「はぁ、そうですか」
「そんなことより、ホームページはどうなん? 専門家から見て」
「率直に申し上げると、なかなか酷いですね」
ミソジは即答した。
「そうやろうと思ってたけど」
「どなたが制作を?」
「あたしの娘」
「いつですか?」
「最近よ、作ったんは」
「娘さんはウェブ関係のお仕事を?」
「いや、最近まで専業主婦」
美里が煙草に火をつけた。
「でしょうね」
「そんなに酷い?」
「十年以上前のセンスですね。インターネットアーカイブでも見てるのかと思いました」
「なに、そのインターネットなんとかって?」
「ごく簡単に言えば、URLを打ち込んだサイトの昔の姿を見れるツールです。まあ、お気になさらずに」
ミソジは咳払いをして続けた。
「そもそも、なぜアクセスを上げたいんですか」
「どういう意味?」
「アクセスが増えたからといって、それだけでは実店舗に影響はありません。物販でもしているなら別でしょうが、そんな感じでもなさそうですし」
「ほんなら、どうしたらええのん?」
「飲食店、特に喫茶店の場合ですと、ホームページからの集客は比較的難易度が高いと思います。ですから、即効性を求めるのであれば別の手段をおすすめします」
「たとえば?」
「まずはチラシですね」
「ありきたりね」
「そうです。でも、やりようによってはなかなか馬鹿にできない効果があると思います」
「たとえば?」
「反応率の高いチラシを作ることですね」
「どうやって?」
「そうですね。えっと、ああ、ここです。この記事が参考になります」
ミソジはPCの画面を美里に向けた。
美里が手を伸ばして画面をスクロールする。
少しの間、記事に見入っていた。
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「へぇ、なるほどね」
感嘆したように頷いた美里が続ける。
「あら、この記事書いた人、杉さんに似てるわね」
「そうですか。私はそう思いませんが」
ミソジはPCの画面を戻し、説明を続けた。
「チラシを撒いてから効果測定をし、修正して、また撒く。商圏を意識することも重要です」
「ふんふん」
「チラシも、それにホームページも、あくまで集客の手段の一つだと考えるべきです。何をしたいか決め、次にそれを達成するにはどれが一番効果的か考えるという手順ですね」
「おっしゃる通り。でもね…」
美里が紫煙を吐いた。
バニラのような甘い匂いがミソジの鼻をつく。
「御堂筋さん。今回はアクセス数を上げてほしいだけなんよ、ホームページの」
「ですが、奥さん…」
「あなたの説明、わかってないわけちゃう。でもね、これは勝負なんよ」
「勝負?」
「そう。近所にある喫茶店との、ね」
「はあ」
ミソジは我ながら間抜けな声を漏らしたと思い、咳払いをした。
「どういうことです?」
「長くなるから間を端折って言うと、そこのオーナーと昔からの知り合いなんよ」
美里が煙草をクリスタルの灰皿に押し付けて火を消した。
「喫茶店を出したのはあたしが先。あの女は何でもあたしの真似をしたがるの」
「オーナーは女性なんですね」
「そう。クソ忌々しい、あの女」
美里が一瞬だけ顔を歪めて言った。
「あら、口が悪くてごめんなさいね」
「いえ、続けてください」
「あたしが出店したのは税金対策なんよ。元々、コーヒーも紅茶も好きやったし、儲からんでもええかって感じ。で、そのすぐ後にあの女も近くに店を構えて…」
美里が新たに煙草を取り出した。
よく見ると、それは全体がこげ茶色で白いキャップのついたリトルシガーだった。
「向こうは結構なお金をつぎ込んで、繁盛店にしていった。あたしは放っておいた。別にウチの店に客が入る必要もないから。でもね、この前…」
美里が下唇を噛んだ。
「あるパーティーに呼ばれてね。そこであの女があたしに近づいてきて、こう言ったんよ。
『あなた商才ないわね』
って。あたしは
『あら、そうかしら』
って返して、その場を立ち去ろうとしたけど、しつこいんよ、あの女。今に始まったわけちゃうけど。
『よかったらあたしがあのお店立て直してあげよっか』
なんて言うねん。せやから、あたしは言ってやった。
『旦那の金と人脈に頼ってるだけのあんたに何ができるの?』
ってね。あのときの悔しそうな顔。忘れられへんわ」
美里が遠い目をしながら微笑み、すぐこちらを見向く。
「あら、紅茶冷めたんちゃう? 持って来させよっか」
「いえ、結構です」
「あら、そう。でね、そこでひと悶着あって、アクセス勝負することになったんよ」
「はあ」
そこを聞きたいんだが、という言葉をミソジは呑み込んだ。長々と話を聞かされるのは勘弁願いたかったし、きっかけが他愛もないことだとわかったからだ。
所詮は金持ちの道楽だった。
自分の気持ちが沈んでいくのが手に取るようにわかった。
また、いつもの『生温い仕事』だった。
美里の話は続いていた。
「…で、あたしは調べさせたんよ。あの喫茶店に関することなら何でも。あの女が一人でどうこうできるわけないから、誰か参謀役がついてるに違いないとも思ってたし」
「もしかして、それが」
「そう。あなたを紹介してくれた杉さん、よ」
「なるほど」
ミソジは深く頷いた。
競合他社、他店舗に同時にコンサルに入るのは道義にもとる。
だから杉は苦肉の策として、こちらに話を振ってきたのだろう。
多分、それなりの紹介料をとっているに違いない。
自分が奴の立場でもそうする。
向こうはどう思っているか知らないが、つまり、これは自分と杉の勝負でもあるわけだ。
ミソジはそう思った。
「わかりました。では、契約の話に移りましょう」
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