ウェブ狼 第五話 ~肥溜めに咲く華~
1991年8月6日、ティム・バーナーズ=リーがウェブサイトをこの世に初めて送り出した。
日本国内におけるホームページ制作の歴史は1990年代半ばまで遡れるものの、黎明期に専門の業者は皆無に近かった。
それを生業とする個人・会社が現れ始めたのは、大ヒットとなったWindows95の発売によってホームページ制作が身近なものになってからだった。
その後、ITバブルとその崩壊を経て、実際に制作業者が増えてきたのは2000年代半ばだった。
ホームページの重要性が一般に浸透し、法人用の需要が増えてきたのが理由だ。
それまでは高価なものだったホームページの値段が下がり始めるのは、この少し後になる。
競争原理が働くと価格が下がるのは、どの業界も同じことだ。
2010年代に入ると更に価格は下がり、質の悪いサイトしか作れない業者、不当な価格を掲げる業者が淘汰されていくこととなる。
また、競争によって業界全体のデザインの質が上がり、それのみを売りにしていた業者も苦戦を強いられることとなった。
その点、ミソジが中途入社した『株式会社ロングテールマーケティング』は、ホームページ制作業者が業務範囲拡大に成功した好例だ。
単なるホームページ制作業者とは一線を画し、マーケティングやSEO、リスティングに代表される広告業務など、ウェブに関することを一手に引き受けることで、ワンストップサービスの提供を実現化した。
大阪ではいち早くそれに取り組んだため、先行者利益を得ることができ、顧客からも概ね良い評価を得ている。
「先輩、どうかしました?」
新田瞳(にゅうたひとみ)が丸く大きな瞳をこちらに向けていた。
「いや、何でもない」
ミソジは咳払いをして、C会議室のホワイトボードに視線をやった。
自分で書いたマーケティング用語が目に入る。
「そんなことよりわかった? さっきの問題の答え」
「はい。まずはユーザーを納得させるのに十分な量のテキストがないからだと思います。
それと、各ページの一番下にコールトゥアクション(CTA)が必要です。
またこのページに関しては導線がはっきりしません。そのせいで、サイト内回遊率が下がってるんだと思います」
瞳がノートパソコンのディスプレイを見ながら説明をする。
ミソジはC会議室の大画面モニタで確認しながら、彼女の説明を聞いた。
「大体、合ってる。それに加えて、ここやな。問い合わせフォームがあるページ。ここが最適化されていないからコンバージョン率が下がる」
「ああ、なるほど」
「この視点が抜けると、せっかくアクセスを引っ張って来てサイトの回遊率を上げ、ユーザーが満足いく情報を与えたとしても、肝心の問い合わせや購買に至ることがなくなる」
「エントリーフォーム最適化(EFO)、ですね。それについて詳しく知りたいんですが」
「ここの記事を参考にするといいよ。EFOについて大体のことがわかる」
「わかりました。ありがとうございます」
「他に質問はある? なければそろそろ休憩入れようか」
ミソジは腕時計に目をやって言った。
「はい」
瞳が大きな声を出し、手を垂直に挙げた。
「何?」
「先輩、副業は何をしてるんですか?」
瞳が前かがみになり、乗り出すようにして言った。
そうすると、豊満な胸が会議室のテーブルに乗っかる。
見てはいけないと思っていても、一瞬それに視線が行ってしまった。
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