ウェブ狼 第六話 ~つばぜり合い~
「副業? 何のことだ」
ミソジは瞳の胸から視線を外し、言った。
そうしながら、目をそらす行為が嘘をついている人間の特徴であることに気づいた。
「とぼけてもダメですよ」
「君が俺の何を知ってる?」
否定の調子が強くならないよう意識して言った。
「先輩がよくおっしゃってるエビデンスを提示しましょうか」
瞳の口調は淡々としたものだった。
「どうぞ」
「先輩は終業後、すぐ帰ります。それも会社を出てから向かう方向がいつも別。
それに休憩時間にしょっちゅう電話してる。
内容はわかりませんけど、仕事でミスした人を怒鳴りつけてるみたいな感じでした。
社内の人だったら直接言うはずだから変だなと思って」
「いつ、どこで聞いた?」
「一週間くらい前です。非常階段の喫煙所で。先輩は誰もいないと思ってたみたいですけど、あたしあのとき二階上にいました。ビルとビルの間だから声を潜めても結構聞こえますよ」
怒りに任せて行動するとロクなことがない。その好例だ。いや、悪例とでも言うべきか。
あのときは金を払ったのに仕事をしない自称私立探偵に電話をかけた。
旧知の間柄なので、かなりきついことを言った。
「あと、これは見ようと思って見たんじゃないんですけど…」
「別にええよ。何?」
「この前、皆で食事に行ったとき、お会計は先輩がしてくれましたよね」
「後で割り勘したけどな」
「そのとき、チラっと見えてしまったんです。財布の中身。ものすごい大金が入ってて」
普段は財布にそこまでの大金を入れることはない。
仕事の報酬が振り込まれていたから、それをたまたま引き出した。
現金決済しなければならない支払いがあったからだ。
「失礼ですけど、普通のサラリーマンがそんなに大金を持ち歩くことってないですよね。それを見て、パズルのピースがハマるように全体が見えてきたというか…」
「エビデンスとしては不完全。それやと、ただ類推しただけ。いや、妄想レベルと言わざるを得ない」
ミソジは言下にそう言った。
「うちの会社は副業禁止ですよね?」
「そうやな」
ミソジは何の感情も込めずに言った。
瞳が非難しているわけではないことをわかっていたからだ。
言葉に害意がなかった。
少し間があった。
ミソジは口を開いた。
「すぐに帰るのは生まれたばかりの息子に会いたいだけ。
会社を出て別の方向に向かうのはたまたまじゃないかな。
それに電話は君の聞き間違いだろうし、そもそも本当に俺だったのかも不明。
財布のお金はワイフに支払いを頼まれてね。ローンの繰り上げ返済の」
嘘の理由を並べ立てた。
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「それに、あたし、見てしまったんです」
こちらの説明が耳に入っていないかのように、瞳が言った。
「よく見てしまう子やねんな、君は」
「すみません」
「別にあかんとは言うてへん。で、何を?」
「二週間、もう少し前かな。金曜日の夜なんですけど、千日前で」
「俺を見た?」
「男性と歩いていました。何だか柄の悪そうな感じの…」
自分の行動を振り返るまでもなく覚えていた。
BAR『SEO』で杉から依頼を受けた後のことだ。
珍しく酔っていた杉に、もう一軒付き合えと難波のバーに連れて行かれた。
一旦は断ったのだが、『仕事の紹介者の誘いを~』云々という、あの男の強引な誘いに根負けした。
そのときだろう。
「君はそんなとこで何をしてたんや」
「美味しい焼肉屋があるって友達に誘われて、そのお店に行ってました」
表情と仕草、言葉の出てくるタイミングから嘘ではない。そう判断した。
「柄の悪そうな男と歩いていて、問題があるんかな?」
「そうじゃないんですけど、なんか先輩自身も会社にいるときとは違って見えて。あたし、人違いかなと思ったんです」
「で? 俺を尾行した?」
「悪いとは思ったんですけど」
「ただの飲み友達やけどな。二人でバーに行っただけ」
「そうですね。いや、そうでした」
瞳はテーブルに視線を落として言い、肘掛けを利用して椅子に座り直した。
ボブカットにした髪の毛先が瞳の大きな目にかかった。
瞳がそれを手で払った。
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