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【コラム】不要なこだわりを捨てること。変化を恐れないこと。

 

こだわりって本来…

「職人のこだわり」、「素材にこだわった逸品」etc…

 

最近、「こだわり」という言葉はポジティブなイメージで語られることが多い。

これはメディア病とも呼べるもので、テレビや雑誌なんかが言い始めると、あたかも正しいものであるかのようになってしまう。

 

しかし、本来、「こだわり」という言葉はネガティブなイメージで捉えられるものだ。

 

こだわりとは漢字で「拘り」と書く。
そして、こだわりは拘泥と言い換えることもできる。

 

 

日々、メディアで紹介、宣伝される「職人の逸品」は、こだわった結果、付加価値を生み出したものなので、それは全てポジティブなイメージになる。

 

しかし、メディアで紹介されない「こだわり」には失敗も多くあることを知っておかなくてはならない。

なぜか?

 

それは僕たちも普段から知らず知らずのうちに、「こだわり」に囲まれて生活しているからだ。

 

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こだわりとは偏愛

職人の世界の話だけだと思ったら大間違いで、実は僕たちの普段の生活にも「こだわり」は多く存在する。

 

ものすごく卑近な例でいくと、身の回りの生活用品や文具、服などだ。

歯ブラシやシャンプーでもいいし、ボールペンやハサミ、シャツや下着でもいい。

 

どこかに必ず、これじゃないと嫌だという「こだわり」の品があると思う。

(生活用品なんか安ければいいと言う人もいるだろう。しかし、それさえも『安いものを選ぶ』という一種の「こだわり」かもしれないことに気づいてほしい)

 

僕の例でいくと、ボールペンだ。

ユニボールシグノの極細シリーズ(0.28mm)

・細かい字で書けるから、手帳にも沢山の文字が書ける。
・滑らかな書き心地。
・失くしても惜しくない価格設定。
・替芯もある。

 

※僕は三菱鉛筆株式会社の回し者ではない。

 

これまでに少なくとも300本は使ったと思う。
原稿を全て手書きしていた時期があるからだ。

 

僕は色々試してみて、このボールペンに行き着いたから、それ以来、これを使っている。
でも、考えてみれば試していないものもあるし、新しいものも出ているだろう。

 

にもかかわらず、僕はこれを使う。
選び直す時間がもったいないということもあるけど、もはや手に馴染んだものだからだ。

 

これをこだわりと言わず、何と言うだろう。
唯一、置き換えられる言葉は、「偏愛」だろうか。

 

偏愛はどちらかと言えば、ネガティブなイメージの言葉だ。
このことからも、こだわりがポジティブなものではないことがわかる。

 

 

こだわりの正体

こだわりを生み出すものは、持って生まれた性格と、環境によるものだ。

 

そして、時を経るごとに、こだわりは多くなる。

しかし、考えてみると世の中には、「これじゃないとダメだ」というものはあまりない。

 

あまりないというと定義が曖昧なので言い直すと、

「これがないと生きていけない」

というものはほとんどない。

(持病持ちの人は薬が手放せないだろうから、そういうものは除く)

 

あまりないにもかかわらず、ふとしたときに自分が何かにこだわって行動していることに気づく。

 

なぜそれを選んだのだろう。

 

生活用品でもいい。
何か一つ思い浮かべてほしい。

 

店でセールをしていたから?
好きなタレントが愛用しているから?
ただ、何となく?

 

それらをこだわりと呼ぶのは無理があるかもしれない。
しかし、中には、「自分の価値観に基づいて選んだのだ」と思う人もいるだろう。

 

それこそがこだわりの正体なのだ。

 

 

価値観を疑う

価値観。

 

これこそが僕たちを見えない枠に閉じ込めるものの正体だ。

行動を画一化させ、視野を狭くさせるものだ。

 

もちろん、価値観そのものを悪いとは言わない。
行動の規範となり、判断の基準となるからだ。

 

確固たる価値観を持つというのは大切なことだ。

 

しかし、それを疑ってみることも、ときには必要ではないだろうか。

 

なぜか?

 

そうすれば新しい世界が広がるかもしれない。

その方がワクワクするからだ。

 

 

変化は成長の証

多くの人が毎日をルーティンで埋め尽くしている。

 

それでいいのだという人は構わないけど、一歩そこを外れてみると新たな世界が開けるかもしれない。

新たな世界が開けると、適応するために自分が変化しなくてはならない。

 

考え方の変化かもしれないし、行動の変化かもしれない。

いずれにせよ、変わることを余儀なくされる。

 

「変化は成長の証」と言われる。

 

人間、今いる環境に安住し、変化を恐れていては成長の速度が鈍る。

 

 

人生は飽きることとの勝負

とはいえ、人は変化を恐れる生き物だ。

それは長い進化の過程で得てきた生存本能だから仕方がない。

 

でも、現代の日本社会では、一人の人間が考え方や行動を少し変えたくらいで命を奪われることは滅多にない。

 

だったら、ちょっと変えてみるのもいいんじゃないだろうか。

 

自分が変わっていくことを実感するのは悪いものじゃない。
ワクワクして、もっと変化したいと願えればもうけものだ。

 

人生は飽きることとの勝負と言われることがある。
でも、毎日ワクワクしていれば飽きることなんてないはずだ。

 

 

ちょっと変えてみる

自分を変えるために手っ取り早いのは環境を変えることだ。
海外へ行った友人の中に、大きな変化を遂げた人がいないだろうか。

 

あれが顕著な例だ。
自分の価値観を根底からひっくり返されて、そうなったのだ。

 

とはいえ、僕たちには色んなしがらみがあって、いきなり環境を変えることは難しい。

 

だから、まずは小さなことから初めてみよう。

 

たとえば、「いつもこのアイスを買っているから、今日は別のアイスを買ってみよう」とか、そういうことでもいいと思う。

大抵、この手のやつは失敗するけど。(笑)

 

「いつものチョコモナカの方が断然美味いやないか」と自分にツッコむのだ。

 

でも、それでもいいじゃないか、と僕は思う。

100円かそこら(高いアイスもあるけど)で、チョコモナカの美味しさを再発見できたのだから。

※苦情は受け付けませんので、くれぐれも自己責任で。(自己責任って言葉嫌いですけど、便利)

 

そういった小さなことから変化は始まる。
ワクワクが始まる。
成長が始まる。

 

海を背景にジャンプ

By: flowcomm

 

かくいう僕は、「今年、今までにやっていないことをやってみる」という目標を新年に立てた。

 

そして、(これまで意識的に避けてきた)東京ディズニーランドへ行き、(病院嫌いな僕が)自費で人間ドックを受けた。

 

更にまだ計画していることがいくつかある。

 

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蛇足

断っておくが、僕は「こだわり」そのものを否定していない。

 

誰も見ていないかもしれない部分に気を配り、妥協を許さず「ものづくり」に励む職人さんを僕は尊敬している。

 

「神は細部に宿る」という言葉がある。

 

これは僕が慣れ親しんだ小説の世界にも当てはまることだ。

たった一つの文章、一つの言葉が、読者の心に刺さるかもしれない。

そう考えると、手は抜けない。

 

何気なく書かれたように見える文章でも、裏では何度も書き直しているということもある。

見る人から見れば、それがわかる。

 

そう思ったら、決して手は抜けないのだ。

 

そして、そのような手間を無駄なものと切り捨てるのは馬鹿げている。

無駄と思われることで、文化が成り立っているからだ。

 

瞑想

By: HaPe_Gera

 

まとめ

こだわりは大事だけど、「こだわりに拘る」のはよくない。

字面では意味がとりづらいけど、ここまで読んでくれたあなたには、この意味がよくわかったと思う。

 

では、今回のコラムをまとめたいと思う。

 

・こだわりとはポジティブなものばかりではない。

・自分のこだわり、価値観を疑え。

・人間は変化を恐れる。それは生存本能。

・だから、ちょっと変えてみる。成長やワクワクのために。

・変化は成長の証。

・新たな世界へ踏み出してみよう。

・こだわりもときには大事だよ。

 

よし、今日もワクワクしながら過ごすために、何かを変えてみよう。

 

ラテアート 笑顔

By: stefg74

 

最後に一言

まずは、新しいボールペンを探して、チョコモナカ以外のアイスを食べよっと。(笑)

 

最後の最後に一言

「ブログのPVが~」という記事の次に、性懲りもなく書きたいものを書く。
どうしようもありませんなw

 

では、See you~

 

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