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ビジネスマンなら知っておきたい三国志の名言

関羽雲長
By: Lyn Gateley

かの有名な三国志

日本人(特に男性)なら、みんな読んだことがありますよね。(完全に偏見)

 

実際に起こった歴史を元にしている(正史が史書、演義は正史を元にした小説)ので、ストーリーが素晴らしいですし、人間臭い登場人物がとても魅力的です。

そんな魅力的な三国志の名言を、そのときのエピソードと共に6つ紹介します。

 

どれも現代に生きるビジネスマンにも通じるところがありますよ。

 

曹操孟徳の名言

三国の中でも最大版図を獲得した魏の盟主であり、中原(華北平原:漢代以降は、ここを押さえると中華における覇者とされた)を支配下に置いた人物です。

三国志演義では『奸雄』としての扱いを受けており、主人公格である『仁徳の人』劉備玄徳の終生のライバルとして描かれています。

 

他人の商度、人の意の如きは少なし

【読み】
たにんのしょうたく、ひとのいのごときはすくなし

【意味】
他人の当て推量ほど、あてにならないものはない

 

この名言の背景

215年、曹操は三十年にわたって、漢中で勢力を保持していた五斗米道の張魯を討伐するため兵を出します。

陽平関に向かう途中、曹操は涼州の巡察官らに、

「張魯を攻略することなど、なんの造作もない」

と言われ、簡単に攻略できると、その気になったそうです。

 

しかし、いざ現地に着いてみると、攻略戦で死者を多く出してしまい、思わぬ苦戦を強いられます。

そのとき、つぶやいたのが、表題になっている言葉です。

 

『人は自分に都合の良い情報を信じたがる』

ということが今でもよく言われますが、正にその通りの事態が起こったわけです。

 

困難に陥っているときこそ、得た情報を客観的に見たいものですね。

 

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劉備玄徳の名言

三国志演義では主人公格として登場し、『仁徳の人』として描かれています。

また、横山三国志でもそのように描かれていますが、曹操孟徳を主人公としている蒼天航路では、劉備がより人間臭く描かれていて、とても魅力的なキャラクターになっています。

 

大事を済すには必ず人を以て本となす

【読み】
だいじをなすにはかならずひとをもってもととなす

【意味】
偉業を成すためには、まず人が基本。自らのことより周囲の人間のことを考えなければいけない

 

この名言の背景

208年、曹操の大群が迫ってきたため、劉備は荊州からの撤退を決意します。

その逃避行に、劉備の仁徳を慕う人民が一行に加わります。

しかし、続々と集まる人は留まるところを知らず、総勢10万人もの大群となります。

それだけの人が一気に進める道など当然なく、中には老人や子供もいたということもあり、日に5~6kmしか進まなくなってしまいました。

 

この事態を重く見た劉備は数百艘の船をかき集め、人民を先に乗せるように取り計らいました。

これを見ていた部下の一人が、

「曹操軍に追いつかれたら殺されてしまうのだから、先に我々が逃げるべきでは?」

と言います。

 

それに対して劉備は、

「これだけの人がついてきてくれるのに、むざむざと見捨てるわけにはいかない」

と怒りを露わにし、

「偉業をなすには、なにより人が基本となるのだ」

と表題の言葉を言ったとされます。

 

日本でも戦国時代に武田信玄が、

人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり

という言葉を残しています。

 

根本は人であるというのが、国を超えて時代を超えて変わらぬ真理であるということが言えそうです。

 

諸葛亮孔明の名言

劉備より三顧の礼をもって迎えられ、内政と外交に非凡な才を発揮しました。

劉備が即位して蜀の皇帝となった際には、丞相(君主を補佐する最高位の官吏)となりました。

 

北は曹操に当たり、東は孫権と和す

【読み】
きたはそうそうにあたり、ひがしはそんけんとわす

【意味】
北は曹操と戦い、東は孫権と手を組め。

 

この名言の背景

蜀を手に入れて天下三分の計を確立しようと入蜀した劉備。

しかし、伏竜(孔明)、鳳雛(龐統)と言われ、諸葛亮孔明と並び称された軍師の龐統(ほうとう)が雒城(らくじょう)の戦いにおいて、流れ矢を受け、命を落としました。

この事態を重く見た孔明は、劉備を支えるため後を追って蜀へ赴くことになります。

その際、荊州に留まる関羽雲長に対し、

「北は曹操と戦い、東は孫権と手を組んでくれ」

と助言します。

 

これは自尊心の強い関羽に対して不安を抱いていたからだったのですが、それは見事に的中します。

詳細は省きますが、裏で手を組んだ曹操と孫権の計略にはまり、関羽は命を落とし、荊州は奪われてしまいます。

 

荊州は地理的背景から挟撃を受けやすい位置にあったので、軍事力だけでは確保し得ないと孔明は考えていました。

だからこそ表題のように助言したのですが、結果として危惧していた通りになってしまったわけです。

 

孔明の言葉には、

『力の弱い者が生き残るには知恵が必要である』

という意味が隠されているように思います。

 

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荀彧文若の名言

『王佐の才』があると言われ、曹操の参謀の中で、まず最初に名前の挙がる人物です。

内政・外交の両面でその才能をいかんなく発揮し、曹操が覇道を進むことを大いに助けました。

しかし、荀彧(じゅんいく)自身は漢王朝再興という使命を自分に課していたため、魏公に(推挙されて)就任しようとした曹操と対立します。

最期は服毒自殺したとも言われていますが、重い病気にかかっていたことには違いなかったようです。

 

誠にその才あれば、弱と雖も必ず強し

【読み】
まことにそのさいあれば、じゃくといえどもかならずつよし

【意味】
才能がある人なら、今は埋もれていても必ず、花が開いてゆくものである。

 

この名言の背景

196年、後漢の献帝を自らの領地である許(許昌)に迎え入れた曹操ですが、各地に反乱や侵略が起こったせいで、転戦を繰り返す日々を送っていました。

197年、曹操は南陽に赴き、張繍(ちょうしゅう)と相対しましたが、思わぬ苦戦を強いられ、許に戻って来ました。

 

そのとき、袁紹は曹操の留守をいいことに許を襲撃しようとしていましたが、想定していたより早く曹操が帰還したため、

公孫瓚(こうそんさん)を討ちに行く途中だから兵と食料を貸してくれ」

と手紙を送って、曹操の領内に軍を入れたことを誤魔化します。

 

曹操も、参謀の荀彧も袁紹の意図に気づきましたが、大群を率いている袁紹に手出しはできません。

悔しがる曹操に向かって、荀彧が

「才能が本当にある人なら、今は弱くても必ず強くなっていくものだ」

と表題のように言います。

 

また、それはただの慰めではなく、「計略」「武力」「徳義」「度量」において曹操の方が上回っているとも説明しています。

そして実際に、官渡の戦い(200年)で、曹操は袁紹を打ち破り、それ以後、大きく勢力を伸ばしていくことになります。

 

自分が努力したのに認められていないときでも、腐らずそれまで同様やるべきことに励みなさいと言われている気がします。

努力をして結果を出し続ければ、必ず誰かが見てくれているはずです。

 

これは、次の賈詡の名言にも通じるところがあります。

 

賈詡文和の名言

50歳を超えてから曹操に仕えた賈詡(カク)文和ははすぐに頭角を現し、曹操の参謀として働くようになります。

その後、曹丕(曹操の息子)に仕えた賈詡は三公の一つである太尉に任命され、重臣の筆頭として厚遇されました。

三国志演義でも、同じく魏に仕えた荀彧や荀攸と並ぶ形で列伝に記されています。

 

徳度を恢崇し、朝夕孜々として子たる道にたがわざらんことを

【読み】
とくどをかいすうし、あさゆうししとしてこたるみちにたがわざらんことを

【意味】
余計なことを考えず自分の徳を磨きなさい。朝夕励み、子としての務めを果たせばよい。

 

この名言の背景

晩年の曹操は後継者問題に頭を悩ませていました。

長子である曹丕、三男で文才のある曹植のどちらが継ぐべきか家臣の間でも議論が盛んだったそうです。

あるとき、曹丕は弟の方が後継者争いで優位に立っているという噂を聞き、曹操の参謀役である賈詡に相談します。

「良い策があれば教えてほしい」と。

 

そこで賈クは表題のように言います。

「余計なことを考えず、自分の徳を磨きなさい。朝夕励み、子としての務めを果たしなさい」と。

 

結果として、曹操の後を継いだ曹丕は220年に魏王朝を立てることになります。

 

余談ですが、賈詡は後継者問題について曹操から下問されたとき、

「袁紹と劉表のことを考えておりました」

とだけ答えたそうです。

 

袁家と劉家は共に後継者選びに失敗(長子以外を後継者にした)して、(それだけが原因ではないが)曹操によって滅ぼされています。

賈詡はそのことを示唆したわけです。

聡明な曹操はそれを聞いて大笑いし、長子である曹丕を太子にします。

 

立場は違えど、現代に生きる我々にも大事なことを示唆しています。

出世争いや社内政治など、頭を悩ますことはあれど、まずは自分の為すべきことを日々やっていくべきだと賈詡に言われているような気がしますね。

 

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陳寿承祚の名言

三国志(正史)の著者であり、蜀漢西晋に仕えた官僚です。

 

短を以て敗を取るは、理数の常なり

【よみ】
たんをもってはいをとるは、りすうのつねなり

【意味】
短所が原因で身を亡ぼすのは世の常であり、仕方ないことである

 

この名言の背景

正史『三国志』の編者である陳寿が、関羽雲長と張飛益徳について述べた言葉です。

二人とも劉備と義兄弟の契りを結んだ腹心であり、共に『一人で一万人の兵力に値する』と称賛された豪傑です。

 

しかし、関羽はその自尊心の強さから傲慢になって、計略にかかって命を落としました。

また、張飛は性格の粗暴さから部下に裏切られ、命を落としました。

 

人格的欠点が致命的になるということを陳寿の言葉が示しています。

我々も自身の短所を理解した上で、それが悪い方へ作用しないようにしないといけませんね。

 

最期に

まだまだ沢山あるのですが、この辺りで一旦、締めさせていただきたいと思います。

リクエストがありましたら、続きを書きたいと思います。

また、三国志由来のことわざも多くありますので、それも紹介したいと考えています。

 

余談ですが、僕がこれまでに三国志関連で読んだのは、

【小説】

柴田錬三郎 『英雄 三国志』

 

北方謙三 『三国志』(俗に言う北方三国志)

 

【漫画】

横山光輝 『三国志』

 

李學仁(原案)、王欣太(作画) 『蒼天航路』

(敬称略)

です。

三国志(正史:歴史書)、三国志演義(中国明代に書かれた時代小説)を題材にしたものが入り混じっていますが、どれも素晴らしい作品ばかりでした。

 

三国志をあまり読んだことがない方も、この機会に是非手に取ってみてください。

 

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