【短編小説】浮気なん?(以下、略) ~第五話(最終話)
⇒第一話(浮気なん? 旦那と妻の浮気で嫌いと大好きが交錯してむかつくけど、わからないので死ぬ寸前まで行った件)はコチラ
旦那とユリは、旧知の仲だった。
それはあたしも知っていた。
なぜって、あたしが旦那と知り合ったのは、ユリの紹介だったからだ。
当時、大学生だったユリは隣りの大学に勤めていた旦那と知り合い、二対二の食事会を開いた。
そこに呼ばれたのが、あたし、旦那、それから旦那の友達の医者だった。
そのとき、医者を狙っていたユリからすれば、あたしと旦那はおまけみたいなものだった。
しかも、容姿の点で圧倒的に劣るあたしは、ユリからすれば、邪魔されることなくターゲットに集中できる、いわゆる安パイだった。
あたしはそれをわかっていて、そういう食事会に何度か参加していた。
もしかしたら、おこぼれにあずかれるかもしれないという卑屈な考えからだ。
そういうわけで、その食事会では自然と、一対一の関係が成立した。
旦那はシャイな人で、最初はあまりしゃべらなかったけど、あたしが自分のことを話しているうちに、緊張がほぐれたらしい。
お酒の力もあったんだろうけど、口が滑らかになり、二次会が終わる頃にはすっかり饒舌になっていた。
あたしにとって初めてのことだったけど、その日、朝まで二人でいた。
そんな経緯があったから、ユリが旦那に話しかけるのはおかしなことではない。
だけど、今、ユリは旦那に対して、とても自然な調子で話しかけた。
久しぶりに会ったはずなのに。
そして、旦那もそれが当然であるかのように振る舞っている。
どういうこと? どういうこと? どういうこと?
あたしの頭の中は疑問符だらけになった。
そんなあたしの考えに気づいたのか、ユリが言った。
「そんな目で見ないでよ、紗子。あたしはユキヒロさんと何も関係ないわ」
ユリが微笑んで、続けた。
「あんたみたいに、不倫なんてしてない。する気もない」
「え?」
目の前が真っ白になりかけた。
「どういうこと?」
振り絞った声が、かすれた。
「どういうことも何も。あなた自身がよく知ってるでしょ。あ、あとサトシも」
「おいおい。俺は何もやってないぜ」
サトシが明るい声で言った。
「したかどうかが問題じゃないの、この際。ね?」
「そうだね」
ユリの言葉に、旦那が頷いた。
「なに、なに? どういうことなの、これは?」
何が何だかわからなかった。
「ユキヒロさん。どうすんの? こんなことになって」
ユリが言った。
「え、いや、うん」
旦那がそう言いながら、頭頂部を撫でまわした。
困っているときのボディランゲージだ。
あたしにはそれがわかった。
「この際、ハッキリ言ってあげたら? じゃないと、わかんないよ、この子」
「ねえ、ユリ。どういうこと? あなた、何を知ってるの?」
あたしがそう言うと、ユリが肩をすくめて、隣りにいるサトシを見た。
サトシが困ったような顔をした。
「ねえ、サトシ。どういうこと?」
「ま、今、言えることは、残念ながら俺は紗子側にはいないってことかな」
「え?」
「ごめんな。俺、おまえのこと本気で口説いてねえんだわ。そもそも全然タイプじゃねぇし」
「いやいや、そんな全否定しなくても!」
あたしは思わず、いつものノリでそう言ってしまった。
その発言が、場の状況に合わなかったことは言うまでもない。
「あんたのそういうとこ、大っ嫌いなんだよね」
ユリが、眉間にシワを寄せ、嫌悪感を示した。
「空気読めずに、思ったことを言うオタク特有のノリっていうかさ」
「え?」
「そもそもさ、あんたのその容姿と性格で、あたしらのグループにいられたことがおかしいって思わなかった?」
「いや…」
「あたしが買い物に付き合ってあげたり、色々アドバイスしたおかげで見た目はマシになったよ。だけどさ…」
「ん?」
「性格は変わらなかったよね。その自己中で空気読めない性格」
「え?」
「あんた、他の子たちに裏で何て呼ばれてたか知ってる?」
「いや…」
「ブス子だよ」
「って、おいおいおい~! そのまんまじゃねえか!」
あたしは前傾姿勢で言った。
が、誰も言葉を発しなかった。
「えっと…、あ、あれ?」
「そういうとこじゃね?」
サトシがつぶやくように言った。
「そんなことはどうでもいいんだけどね、紗子。ユキヒロさんはね、あんたと離婚したいのよ、本気で」
「コラコラコラ~!」
あたしは間髪を入れずに言った。
「それ、やめな。マジで」
ユリが腕組みして言った。
本気で怒っているときの顔だった。
あたしは、その顔をされると弱い。
目が合わせられなくなった。
「ユキヒロさんがあんたと結婚した理由、知ってる?」
「え? そりゃ、あたしのこと好きだから…」
「んなわけないでしょ」
「は?」
あたしは顔を上げた。
ユリと目が合って、また視線を逸らした。
「あんたのお父さん。国立大学の教授だよね? しかもユキヒロさんと同じ研究領域」
「そ、そうだけど」
「だから、よ」
「え? それだけ」
あたしは旦那とユリを交互に見ながら言った。
「それだけ、よ」
ユリが強調した。
「ってか、普通気づくよね?」
「うぇ?」
「あんたのそういうとこだと思うよ」
「な、なにが?」
「人として、ダメなところ。状況判断できずに、突っ走るところ。学生のときから、何度も指摘したけど」
「そ、そう?」
「ほら、全然耳に入ってない。あんたはさ、自分に都合の良い言葉しか聞こうとしないの。その割に自分を客観視できないから悪い方にばかり行く」
「偉そうなこと言ってるけど、ユリもあんまり変わらない気が…」
サトシが小声で言った。
「聞こえてるけど?」
ユリが声を低めて言った。
「あ、ごめん。もう言いません」
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「ま、それはいいとして、ユキヒロさんがあたしに連絡をくれたのよ。二ケ月ほど前に、ね」
「え?」
あたしは旦那を見た。
旦那は、先生に怒られ、委縮してうつむいている生徒のようだった。
「で、あたしが計画を練って、あんたが言い逃れできないように証拠を固めたってわけ」
「そんなことって…」
「もちろん、あんたを懲らしめるためよ」
「あ~あ、言っちまったよ」
サトシがぼやくように言った。
「あたしは許せなかったわけ。人の良いユキヒロさんに甘えて、あんたが家でぐうたらして、それでわがまま放題言ってるのを聞いて」
「でも…」
「そうよ。人様の家庭のことだから、他人のあたしが口出す権利はない。だけどね、助けを求められたら話は別よ」
「ま、それに乗っかったのは、ユリの嫉妬もあったと思うぜ」
サトシが横から言った。
「サトシ、あんた」
「おお、怖っ」
「嫉妬って?」
そんなこと初耳だった。
ユリがあたしに嫉妬?
「旦那さんは、将来的に国立大学の教授間違いなしって言われてるだろ?」
「サトシ」
「それに引き換え、こいつは医者の彼氏にフラれ、会社社長にもフラれ、つい最近なんか芸能じ…」
「サトシ、いい加減にしなさいよ!」
ユリの、ドスの利いた声が辺りに響いた。
「はい、黙ります」
サトシが自分の口を両手で押さえた。
「ま、別にそんなことバレてもいいんだけど、あたしが嫉妬だけでそんなことしたと思わないで」
「え、あ…」
あたしはとにかく混乱して、言葉が発せられなくなっていた。
「さっきも言ったけど、あんたを懲らしめるためよ」
「懲らしめるって…」
「あたしはあんたに対して、十年来の不満があったの。何度も忠告したのに、一向に欠点を直そうとしないところ」
「そんな…」
「最近、連絡しなくなったのも、その欠点がどんどんひどくなってたから」
「それはわかったけど。だけど…」
あたしはサトシを見た。
「あ? 俺?」
サトシが両手を口から離して言った。
「実は、さ。俺、三ヶ月前に会社クビになったんだよね。だから、金が必要で、さ」
「え? じゃあ、こっちには…」
「転勤で来たって言ってたけど、あれ、嘘。おまえに会う日は東京から来てたし。いや~、ツラかったな~。これでようやく終わり」
サトシが晴れやかな顔で言った。
「そんな…」
「ああ、もちろんユリも金もらってるよ、旦那さんから」
「サトシ、あんた」
「キレイごとばかり言っちゃダメっしょ、やっぱり」
サトシが舌を出した。
「ユリ?」
「もらったわよ、それが何?」
きいいいいいいい~~~!!
あたしは奇声と共に、ユリにつかみかかった、つもりだった。
「ギャッ!!」
全身の痛みに、あたしは悲鳴を上げた。
気がつくと、地面に倒れていた。
あたしは、投げ飛ばされたのだ、ユリに。
その感覚を身体が覚えていた。
入身投げ。
技の名前を思い出した。
高校のときに、何度か遊びでやられたことがある。
ユリは合気道の有段者なのだ。
ずるい、ずるいよ、ユリ。
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というわけで、あたしは今、実家に引きこもって、この手記を書いている。
追い出されるようにして、家から退去させられ、恥を忍んで、下げたくない頭を下げて実家を頼った。
離婚調停はまだ続いているけど、どうやら離婚は免れないみたいだ。
いや、それはもう今更いい。
そんなことより、旦那と親友と男友達を同時に失ったことで、あたしには何もなくなった。
一番信頼していた人たちに、あんな仕打ちを受けるような真似を、あたしがしたとは思えない。
絶対に。
だけど、父も母も、あたしの言い分をまともに聞いてくれようとはしなかった。
それどころか父は旦那の肩を持つような発言をし、これからも彼とは付き合っていくというようなことを言っていた。
あたしは、今、絶望の淵にいる。
せめて、このことを書き記さなければ、吐き出さなければ、精神を保ってはいられない。
人間を信用してはいけない。
他人を信用してはいけない。
人間を信用してはいけない。
他人を信用してはいけない。
人間を信用してはいけない。
他人を信用してはいけない。
人間を信用してはいけない。
他人を信用してはいけない。
人間を信用してはいけない。
他人を信用してはいけない。
人間を、他人を…。
【了】
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